案外普通すぎるってか……あんまり為にならない。
「それだけって……!!これでも一番難しいんだからな!!」
玲音先生はちょっと幼い子供のように、頬を膨らませ怒った。
それを見ていると、何処か愛おしい。
可愛げがある人なんだな。
「今のところは」って感じだけど……。
「まぁ人生には時として、人と本気でぶつかって分かることが多いからな。その繰り返しで何とかここまで、生きてこれた気がする」
気持ちを切り替え、外を覗き込む玲音先生。
もう夜の星が瞬いている空を眺めて、目を細めている玲音先生。
その瞳には星よりも遠い世界を、覗いているみたい。
「そんなことが、何回かあったんですか?」
「まあな。人生には、色々あるんだよ。普通の人は人には言わないだけで」
ちょうど下校のチャイムが、鳴った。
玲音先生は私の眼の前の作文用紙を、手に取る。
息を呑まないうちに、それを丸く潰してゴミ箱に投げ入れた。
一瞬の出来事故に、理解が追いつかなかった。
「え……、玲音先生それってまずいんじゃ……?」
やっと言葉が出たのは、二、三秒後。
玲音先生は優しく笑うと、「後は俺が、書いておくから。1人で寂しげに煙草吸ってるお前には、なにか深い事情があるんだろ?」とまた頭を撫でられた。
「さっさと、今日は黙って帰ったほうがいい。送ってやりたいのは山々だが、こっちは仕事で忙しいしな」
玲音先生が持ち込んでいたカバンから、「ほら、水」と言ってペットボトルを投げられる。
玲音先生は扉を開けて、「せいぜいフォローできるのはそれくらいだ。じゃあな」と言葉を交わしたあとさっそうと去る。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが入れ交じる中、ふとペットボトルの裏に紙が。
取ってみるとーー「俺と話す時は、「敬語なし」が一番嬉しいな」とメモが。
このメモいつ、付けたのだろう。
あったときには、そんな仕草なかったし……。
ーーもしかして、私がここに来る前から準備していたって事?
そうと考えれば怜音先生は私のことを、「知っていた」ということになる。
ーーなにか裏がありそうだ………。でも、危害を加えることはなさそうだからーーまぁ、良しとしよう。
誰もいなくなった指導室を、静かに出た。