「夕映…」
「……将司」
「彼女は?」
「今処置受けてる。この後、一通りの検査すると思うから」
「大丈夫だよな?」
「……彼女が?それともお腹の赤ちゃんが?」

まさか、私の心配なんてしてないでしょ。
ER室の前でウロウロしていた将司。
彼女が心配で堪らないのだろう。

「両方」
「最善の処置をしたつもりだよ」
「……ありがとな」

『ありがとな』たった五文字で、私のこの五年が清算されてしまった。
もう会話もしたくない。

「黒瀬」
「…戸部先生」
「お前の友人が運ばれて来たって…」
「いえ、友人ではありません」
「ん?」
「友人なのはこちらの男性で、運ばれて来たのは彼の奥さんです」
「あーそういうことか」

本当はそれも違うんですけど。
もう説明すらしたくない。

「そういうわけで、私は親友の結婚式に戻ります」
「は?」
「彼も今日挙式だったようで、たまたま会場に居合わせたんです。なので、私は…」
「そういうことなら急いで戻れ。後のことは俺に任せて」
「すみません、宜しくお願いします。将司、戸部先生は凄い先生だから」

ポンと将司の肩を叩き、踵を返した。
もうこの場に一分一秒たりとも居たくない。

化粧室でほつれた髪を直し、タクシーでホテルへ向かった。

流れる景色を車窓越しに眺め、小一時間ほど前の出来事を思い出す。
『神坂総合病院の医師』って言ってたな。
何ていう医師なのだろう。

自分より少し年上に見えたけれど、親しそうな可愛らしい女性を連れていた。
眉目秀麗で仕事もできる。
その上、可愛らしい若い彼女までいるだなんて、羨ましすぎる。

窓ガラスに映る疲れ切った顔の自分と、同じ医師という彼を重ね合わせていた。