だから不思議に思った。
 どうして今さら私に優しくするのか。
 私のことをあれだけ嫌っていて、優しくする理由なんてないはずなのに。
 わざわざアトリエに誘ってくることなんて、しないはずなのに。
 クリムは私からの問いかけに、若干詰まりながらも答えてくる。

「別に、優しくしようと思って誘ってるわけじゃない。仕事量に頭を抱えてるっていうのは本当の話だ。だから好き嫌いの問題じゃなくて……」

 次いで彼は不機嫌そうな顔になって、肩を大きくすくめる。

「ていうかそっちこそ、僕のことなんて顔も見たくないくらい嫌ってるだろ。そんなのはお互い様だ」

「……」

「だからまあ、僕のアトリエなんかじゃ働きたくもないだろうって思ったけど、こっちは心底手伝いが欲しい状況だから、一応聞いてみた。それだけの話だよ」

 それなら別に、私じゃなくてもいい気がするけど。
 錬成術の手伝いなら他の見習いたちでも充分にできるだろうし。
 むしろ徒弟を破門された私より断然信頼できると思う。
 それなのにわざわざ嫌いな私を誘うのはどうしてなんだろうか?

「で、どうする? 僕のところに来るのか、来ないか。別に僕はどっちでもいいけど」

 ぶっきらぼうに今一度問いかけられた私は、微かに埃を被った裏路地の地面に目を落としながら考え込む。
 確かにクリムのことはまだ嫌いだ。
 あの喧嘩は八年前の出来事とはいえ、そう簡単に許せるようなことではないから。
 でも、感情的な問題を差し引いても、この誘いは見習い錬成師の私にとって絶好の機会である。
 ただでさえ今、破門されたという噂がギルドで広がって、どこのアトリエも雇ってくれなくなってしまっているし。
 この機を逃したら、たぶんもう一生、アトリエを開くという夢は叶わなくなってしまいそうな気がする。
 私はお母さんの夢を代わりに叶えて、お母さんがすごい錬成師だったっていうことをみんなに伝えたいんだ。
 改めて強い意志を胸に抱き、私はクリムの方を見て小さく答えた。

「…………行く」

「……そ。それならさっそく宮廷に行こう。トルテ国王や王国騎士団の人たちに色々説明しなきゃいけないから」

 そう言うや、クリムは元来た道を戻るようにしてそそくさと歩き始めた。