私だけじゃない。

きっと,その場にいた全員が思考を止めた。

だって,意味が分からなかった。

聞き間違いとすら思えないほどはっきりと。

"来るもの拒まず,去るもの追わず,決して誘わず"

の3拍子で知られる彼の口から,付き合って……だと。



「あの」

「? なに」



恐る恐る,間違えたら死ぬ覚悟で口を開く。

憎たらしいほど整然としている彼は,そんな私を心の底から不思議がった。



「私……ジュナじゃなくて絢奈なんですけど」



誰かはぷっと吹き出して。

誰かはそれをこらえて肩を震わせて。

また他の誰かは,私の本気の困惑を感じ取って。

またしんとした空気が生まれる。

私だって分かっていた。

たった今大事件が起きていること。

それを抑えるにはと考えた時,こんなことでしか時間を稼げないことの無意味さ。

その無意味をさらに無意味にしてくる



「分かってるよ。山本絢奈さん,でしょ?」



桜井律佳の,不可解な生態。