唇を隠して,それでも君に恋したい。



「ぅわっ」

「っわぁっ」

「? どう」



流れるように起きた接触。

どうやら僕は,躓いた誰かの転倒に巻き込まれた様。

一体どれだけボーッとしてたら広い廊下で目の前の人間を巻き込んで躓けるんだ……っっ。

なんとかワークも散らばさず,自分も転ばず踏みとどまる。

驚いた瞳のまま相手の顔を見ると,相手も僕を見ていた。



「あぁ,ごめんごめん。うっかりしてたわ」



言葉の割に落ち着いた声に,僕の方が困惑してしまう。



「いや,別に」



何かあったわけでもないしな。



「怪我がないみたいで良かったよ」

「ああ。ごめんなぶつかってまって」



どこの方言だろうと,なんとなく僕はまた相手の顔を見た。

ついこの間ぶつかられた時はろくな事がなかったから,少し身構えてしまったのかもしれない。



「大丈夫か,伊織」

「うん」



お互い何事もなかったように別れる。



「戻ってくる前に配るか」

「そうだね」



僕はクラスへと足を踏み入れながら,違和感を感じて振り返った。

……さっきの人,いない?

引き返したのかな。

僕はどこか首の後ろが痒いような気持ちになりながら,視界からはずれるまで辿ってきた廊下を見つめた。