唇を隠して,それでも君に恋したい。




「いつか,お会いしたいと思ってたんです。ですが今は残念ながらそれどころでなく。少し外に出るつもりが迷ってしまって……黒田和寧がどこにいるか知りませんか? きっと確信犯だわ。ちっとも会えないの」



最後にぽそりと聞こえる。

つまり,何だ?

この人は今,和寧を探しているのか。



「あぁ,和寧なら……」



いいかけて噤む。

この人の口ぶりではまるで,和寧が自分の意志で避けているような。

しばし考えるも,僕は先ほどの怒りを思い出し知ったことかと答えた。

見たところ親しい間柄のようだし,この程度構わないだろう。



「真っすぐ行ってください。会場も和寧もすぐに見つかるはずです」

「まぁ,ありがとうございます! また逃げてしまう前に捕まえますわ。伊織さんの今後に,素敵な運命がありますように。今回の功績,本当におめでたく思います。和寧がお世話になりました」


鈴の音が鳴るように,去っていく。

僕はその背中を数秒見つめて,また不思議な気持ちを抱えて歩き出した。

ふとスマホに着信が響く。

その表示された相手に迷いながら,重要だったらと僕は取った。



「もしもし。僕はまだ怒っているんだけど。君に今」

『素直にな,伊織。そろそろ見つけてくれる頃だろ』

「は?」

『いい加減ちゃんと幸せになれって言ったんだよ』



意味不明な彼に眉を潜め,人の気配を感じた僕は顔をあげる。

その先には人影があって,さっきの女性と僕以外にも抜け出してきたのかと僕は首をかしげた。

ただ抜け出すだけなら,正面玄関は僕の反対側で,もしかしたら気持ち程度に咲いている花を見に来たか,休憩にでも来たのかもしれない。

だけどもしどれでもなく,さっきの女性のように迷っていたら可哀想だからと,僕は声をかけるために近づいた。



「あ。……の」



その後ろ姿に,僕の声がしりすぼみになってしまったのは言うまでもない。

違う,と頭では分かってた。

だけど佇まいも雰囲気も顔立ちも身長も。

誰かを彷彿とさせてしまう。

もう声も思い出せないほどなのに,何故か,喉が渇く。

聞こえてくる,見えてくる。

幸せだったあの日の全部。