追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

 ヴェーラからリベラトーレへの急なプロポーズを目の当たりにしたフレイヤが呆然と見守っていると、ヴェーラがあっという間にリベラトーレから離れ、何事もなかったかのように彼に仕事の指示を始めてしまった。一瞬で、日常に戻ってしまう。

「あ、あの、コルティノーヴィス伯爵とステンダルディさん、ご婚約おめでとうございます!」
「お祝いしてくれてありがと~! ヴェーラ様、祝福の調香師であるフレイヤちゃんに一番に祝ってもらえて、なんだかご利益がありそうですね~」

 このままでは言い逃してしまいそうだと思い、慌てて二人に祝いの言葉を贈ると、リベラトーレが鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌になる。
 ヴェーラも、いつになく屈託のない笑みをにフレイヤに向けてきた。愛する人が求婚を受け入れてくれた喜びの余韻を静かに噛み締めているような表情だ。

「ありがとう、ルアルディ殿。婚約式と結婚式にはぜひ招待させてくれ」
「い、いいのですか?」

 どちらも大切な儀式であるだろうに、親戚でもない平民が招かれてもいいのだろうか。
 少なくとも、周りにいる平民の知り合いの中に貴族が主催する儀式に呼ばれた者はいないため、特例のような気がする。ヴェーラたちは良くても、他の貴族たちはいい顔をしないだろう。
 
「ああ、我が家の恩人であるルアルディ殿には、ぜひ参加してもらいたい。――シルヴェリオ、当日はルアルディ殿が不便を感じないように、しっかりとエスコートしてくれ」
「かしこまりました。フレイさんのそばから片時も離れず、全力を尽くしますのでご安心ください」

 シルヴェリオはいつもの真面目な表情で首肯する。まるで重要な作戦の指令を受けているような面持ちだ。
 
 コルティノーヴィス伯爵家の当主の弟から直々にエスコートしてもらうなんて、貴賓扱いになるのではないか。
 そのような待遇を受けるべき人は、自分のほかにたくさんいるはずだ。

 そう思ったのだが、シルヴェリオとヴェーラがあまりにも乗り気で打合せを初めてしまったため、何も言い出せなかった。
 
「姉上、遅ればせながら、ご婚約おめでとうございます。姉上が望む道を進めるよう力になりたいので、俺にできることがあれば言ってください」
「その言葉だけでもありがたいよ。やはり私は、最高の弟に恵まれているな」
 
 シルヴェリオとヴェーラが微笑み合っていると、リベラトーレが二人の視線を遮るようにヴェーラの前にずいと立ちふさがる。

「二人とも、見つめ過ぎです~! 私が求婚してもらった時より五秒以上も見つめ合っていますよ!」

 どちらの時間も数えていなかったため、本当にそうなのかはわからない。
 いずれにせよリベラトーレがあまりにも独占欲を露にしているため今度はフレイヤはつい苦笑してしまった。

「実は、姉上に香水を贈りたいので、フレイさんに香りの希望を伝えていただけますか?」
「もちろんだ。ついにルアルディ殿に香りを作ってもらえるとは、心が躍るな」
 
 自分の出番がきたとわかったフレイヤが、待っていましたと言わんばかりに紙とペンを取り出したその時、扉をノックする音が聞こえると、執事頭が部屋の中に入ってきた。

「お話し中に失礼します。第二王子殿下がお見えですので客間に通しました。レステッリ元伯爵とその密偵たちへの処遇についてお話があるそうです」
「ご苦労、すぐに向かおう。――シルヴェリオとルアルディ殿も来てくれ」

 フレイヤとシルヴェリオは頷き、ヴェーラと一緒に部屋を出た。

 客間へ行くと、部屋の中央にある布張りのソファに深い青色を基調とした騎士服姿の第二王子――ネストレがゆったりと腰かけていた。
 優雅な所作でお茶を飲んでいる姿は、やはり絵にかいた王子らしく、華がある。

「ネストレ殿下、はるばる屋敷に来てくださってありがとうございます」
「こちらこそ、急な訪問にもかかわらず時間をとってくれたこと、感謝する」
 
 ヴェーラが声をかけると、ネストレは女性なら誰もがうっとりするような美しい笑みを浮かべた。
 やはり綺麗な人だと感心していると、隣にいるリベラトーレがネストレを睨んでいることに気づき、思わずたじろぐ。

 すると、ネストレがこちらに視線を向けてきて、目を輝かせた。
 
「シルとルアルディ殿も来ていたのだね。香水工房の商談かい?」
「ええ、新商品について話していました」

 シルヴェリオがそう答えると、ネストレはますます興味深そうな顔つきになる。
 
「なるほど、母上が聞けばすぐにここに来そうだ。すっかりルアルディ殿が作る香水の虜だからね。できることなら詳しく聞きたいところだが、まずは本題から入ろう」
 
 ネストレの話によると、レステッリ前伯爵は貴族籍と財産を没収したうえで処刑されることが決まった。
 殺す気はなかったと弁明していたが、他家を乗っ取るためにコルティノーヴィス伯爵に毒を盛ったことは到底許されることではないのだ。それに、話を聞いた国王がレステッリ元伯爵の愚行に大層憤慨しているとのこと。

「それに、長年にわたり他家に密偵を送り込んで乗っ取る頃合いを見計らっていた事も悪質だから見過ごせない。もしも他にも同様の手口で他家の乗っ取りを計画している者がいては国内の混乱に繋がりかねないから、見せしめの意味でも処刑することになった。もちろん、レステッリ元伯爵に雇われていた者たちも同じだ」

 淡々と話すネストレの目には、鋭い光が宿っている。その声音には、今回の事件の犯人たちや国の平穏と秩序を乱す者たちへの静かな憤りが込められているように感じられ、今回の事件に関わっていないうえに陰謀にはまったく関係がないが、フレイヤはぶるりと身震いした。
 上に立つ者の覇気は、一介の平民にはあまりにも強力だ。
 
「――報告は以上だ。後日正式な書類を書いて送ると同時に世間に公表するが、被害者であるコルティノーヴィス伯爵には事前に知らせておきたくてね。それに、今のところは関わりがないようだが、現コルティノーヴィス伯爵の動向にも念のため注視しておこう」

 言い終えると、ネストレは先ほどとは打って変わって、ニカリと茶目っ気のある笑みを浮かべる。
 あまりの温度差に風邪をひいてしまいそうだ。
 
「それでは、差支えがなければ新商品について教えてくれるかい?」