追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

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 その頃、フレイヤはアレッシアが調香した新作の香水の香水瓶をアレッシアと二人で確認していた。ちょうど、ガラス工房に注文していたガラス瓶が届いたのだ。
 アレッシアは二種類の香りを作ってくれており、フレイヤはどちらも商品化しようと思っているため、香水瓶を二種類作らせた。
 どちらも雫型の美しい形で、蓋にはクリスタルカットした飾りをつけているデザインだ。香りによって色を変えており、一つは橄欖石(ペリドット)のような明るい黄緑色、もう一つは琥珀のような柔らかい茶色にした。
 
 一つ目の香りは、朝の爽やかな空気と満開の花々が咲く庭をイメージしている。
 トップノートにグレープフルーツ、ハートノートにリリーとジャスミン、ベースノートはオークモスの精油が使われており、フローラル系の香りだが甘すぎず、男女どちらもつけやすい香りだ。
 販売する際には、橄欖石(ペリドット)の色の香水瓶に入れることになっている。
 
 二つ目の香りは森の中でゆったりとピクニックをしているときの穏やかな時間をイメージしたもの。
 こちらはトップノートにベルガモット、ハートノートに鈴蘭(ミュゲ)、ベースノートはサンダルウッドの精油が使われており、こちらもまた男女問わず使いやすい香りに仕上がった。
 販売する際の香水瓶は、琥珀色の方を用いることになっている。
 
 どちらも、カルディナーレ香水工房にきていた客から“情景の調香師”と呼ばれていたアレッシアらしい、心の奥底にある懐かしい景色を指先でなぞるような香りだ。
 
「いよいよアレッシアさんの香水が店頭に並ぶんですね。発売初日が今から楽しみです」

 試香紙(ムエット)に吹き付けた香りを嗅いでふにゃりと頬を緩ませていると、調香室の扉を叩く音が聞こえてきた。返事をすると扉が開き、いつもより柔らかな表情のシルヴェリオが部屋の中に入ってきた。
 
「シルヴェリオ様! 屋敷での用事が終わったのですか?」
「ああ、フレイさんのおかげで無事終わった。ところで、工房の方はどうだ?」
「つつがなく仕事ができています。ちょうど、アレッシアさんが調香した香水の瓶を確認していたところだったんです。シルヴェリオ様もぜひご覧ください」
 
 香りや香水瓶のデザインは既にシルヴェリオに確認してもらっているが、実物が来たのだから一緒に見てもらってほしい。
 シルヴェリオのために二つの瓶を並べていると、シルヴェリオのいる方から視線を感じた。振り向くと、深い青色の目がこちらをじっと見つめているではないか。
 視線が交わったまま、深い青色に囚われそうになる。
  
(い、いけない。仕事中なのに意識しそうになるなんて……)
 
 ドキドキとする胸の音にも意識を向けそうになるため、必死で他のことを考えて気を逸らせる。
 それでも、シルヴェリオの目がとろりとした様子を見るや否や、もはや無視できないくらいに心臓の鼓動が速くなるから内心悲鳴を上げた。
 
「ど、どうしましたか?」
「……フレイさんの顔を見て、安心したような、気持ちが落ち着いたような……とにかく、会えて嬉しい」
「それは、あの……よかったです?」

 ダンスの練習のために今朝会ったところなのだが、まるでずっと会っていなかったかのような口ぶりだ。
 いささか不可解に思うものの、シルヴェリオが会いたいと思ってくれたことが、嬉しいが気恥ずかしくて、彼の顔を見れない。
 手に持っていた試香紙をいじいじと触っていると、アレッシアが突然、「そうだわ」と声を上げた。

「そういえば、レンゾさんに呼ばれていたので、一階に行きますね」
「え、そうだったんですか? それでは、新作の香水のお話はあとでまたしましょう」

 せっかくの新作なのだから、できれば工房長であるシルヴェリオと一緒に見た方がいいと思うのだが、急いでいるようだから引き留めるのは止めた。
 しかし、今の状態でシルヴェリオと二人きりになるのは気まずい。
 どうにかして意識しないように、彼と会話しなければならないのだ。そんな器用なことをできる自信がないが、やるしかない。
 
「あの、犯人は無事に捕まりましたか?」 
「ああ、無事に犯人を捕まえて、黒幕を特定して対処できたから、今日はもう帰ってきた」
「お疲れさまでした。コルティノーヴィス伯爵が襲われる心配がなくなってよかったです」
 
 またヴェーラが襲われるのではないかと不安だったため、事件が解決に向かっているとわかり、胸をなでおろした。

「フレイさんがメイドから嗅ぎ取った香りの元が毒だったんだ。毒を特定できたおかげですぐに見つかった。フレイさんはコルティノーヴィス伯爵家の恩人だ」
「恩人だなんて……私はただ、不思議な香りがすると思ってシルヴェリオ様に伝えただけです。犯人を捕まえたシルヴェリオ様のお手柄ですよ」

 事件の手掛かりを探すために香りを嗅いだのではなく、ただ香ってきた匂いに対して興味本位でシルヴェリオに質問しただけなのだ。
 ただそれだけなのに恩人と思われるのは気が引ける。

「姉上が近いうちに舞踏会の打ち合わせをしたいと言っていた。また屋敷に来てもらえないか?」
「かしこまりました。私はいつでも大丈夫ですので、コルティノーヴィス伯爵のご都合が良い日に伺います」
「わかった、姉上に伝えておく。フレイさんに会いたがっていたから、とても喜ぶだろう。実は、今回の件で心労を抱えている姉上のために香水を贈りたいから、打合せの後に姉上の希望する香りを聞いてもらえないだろうか?」
「もちろんです。ヴェーラさんの心が少しでも安らげるよう尽力します!」
「ありがとう。――ところで、カヌレという菓子を買ってきたのだが、今から食べるのはどうだろうか? 朝はから忙しかったのだから、休憩した方がいい」
「カヌレ……! 外はカリッと、中はもちっとしているという魅惑的なお菓子だと聞いたことがあります! そんなにも素敵なお菓子を、買って来てくれたのですか!?」

 ずっと気になっていたお菓子の名前を聞いた途端、シルヴェリオに対して感じていたときめきはお菓子へのときめきへと移り変わっていった。
 頭の中は、カリッとしてもちっとしているらしいカヌレのことでいっぱいだ。
 
「では、休憩室まで私が案内する栄誉をいただいても?」

 ダンスに誘う時のような口上を口にしたシルヴェリオが、フレイヤの目の前に手を差し伸べる。
 普段は冷徹で真面目なシルヴェリオがふざけることが珍しく、少し笑ってしまった。

「ええ、喜んで」

 彼の手のひらの上に自分の手を重ねると、優しい力で引き寄せられる。
 そのとき、カヌレのことばかり考えていたフレイヤは、愛おしげに見つめてくるシルヴェリオの視線にまったく気づいていなかった。