追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

「メイドと騎士はそれぞれ分けて取り調べる。シルヴェリオ、それぞれを収監した牢に防音魔法をかけてほしい」
「わかりました」
「騎士は反対側の列にある一番遠くの牢に収監する。二人が本当に共犯者なら、近くに置いているとなにかしらの合図を使って口裏を合わせてくるかもしれないからな。引き離すことにしておこう」

 シルヴェリオは頷くと、メイドがいる牢とヴェーラが指定した牢に、それぞれ防音魔法をかける。
 牢の中にいるメイドに睨まれたが、相手をするつもりもないため無視して魔法に専念した。
 
「魔法をかけました」
「手間をかけさせてすまないな」
「少しも手間だとは思っていませんよ。それに、被疑者になった俺には、これくらいしかお役に立てることがありませんから」
 
 できることなら、姉を害した者をこの手で捕まえたかった。捜査に協力して姉上の負担を減らしたいと言っておきながら、力になれない自分を呪う。
 
『シルヴェリオ、どうしたの? 悲しそうな顔をしているよ。どこか痛いの?』
 
 足元にいるルーチェが、鼻先でシルヴェリオの手を突いてきた。
 犬は人の感情の機微に敏感だと聞いたことがある。
 やるせなさを感じて落ち込んでいたが、心配してくれるルーチェを見ていると、少しだけ持ち直せた。
 
「ありがとう。どこも痛くないから、心配しないでくれ」
 
 ルーチェを撫でるために手を伸ばすと、横から伸びてきたヴェーラの手に掴まれる。
 
「シルヴェリオには、これから始まる取り調べに参加して、証人になってもらうぞ。私が巻き込ませてしまったが、シルヴェリオは濡れ衣を着せられた被害者なのだからな」

 てっきりこのまま離脱するものだと思っていたシルヴェリオは、目を瞬かせてヴェーラの顔と手を交互に見つめる。
 なぜ、と心の中で呟いた。
 
「俺も被疑者なのに、いいのですか?」
「あのメイドの戯言を信じるつもりはない。でまかせで言っているようにしか見えなかったからな」
「しかし、俺がいたらメイドは話さないでしょう?」

 メイドは先ほど、ヴェーラと取り調べ担当の騎士にしか話さないと宣言したところだ。それなのにここに居続ければ、取り調べの邪魔でしかないだろう。

「魔法薬を使うから問題ない。それに、私はあのメイドが魔法薬なしで真実を話すとは思っていないからな」

 薬草や魔法生物を材料にし、魔法を込めて作る魔法薬には、通常の薬にはない効能がある。
 服用した者の魔力を回復させることや、真実しか話せないようにすることもできるのだ。

「あのメイドは、長年この家に仕えている割には、取り調べの間に私を『お嬢様』と呼んで侮っていた。はなから誠実な対応をするつもりないだろうと察している」

 通常、使用人たちは仕えている家の当主を「旦那様」と呼ぶ。
 稀に子どもの頃から仕えてきた使用人が当主に対して「坊ちゃん」や「お嬢様」と呼ぶことはあるが、それはお互いに信頼関係があるときだ。
 
 被疑者のメイドはヴェーラの母と一緒にこの屋敷に来たため、ヴェーラと親しいからそのように呼んでいたのかと思っていたが、ヴェーラの表情を見る限り、そうではないようだ。
 となると、被疑者のメイドにとっての「旦那様」――雇い主が別にいることになる。

 納得したシルヴェリオが口を開こうとしたところで、リベラトーレがヴェーラとの間に割って入り、引き剥がしてきた。
 なにをする、と言いたいところだが、狂ったように姉を愛しているこの男がこのような暴挙に出る理由は聞かずともわかる。
 
「も~! ヴェーラ様ったら、いつまで私以外の男に触れているのですか?」

 リベラトーレは地下に響くほど大きな声で不満を言った。
 予想はしていたが、もう少し空気を読んでほしい。
 
「うるさいな、音声記録用の魔法具を用意しろ」
「そうおっしゃると思って、すでに持ってきていますよー!」
「よくやった」
「これくらい、ヴェーラ様の忠犬として当然ですよ~!」
 
 褒められたことがよほど嬉しいようで、リベラトーレはスキップして空いている地下牢の中に入ると、球体の水晶のような魔法具を二つ持った状態でまたスキップして戻ってきた。 
 薄暗い地下牢には似つかわしくない、にっこりと嬉しそうに笑ってスキップしている姿が異様だ。
 何とも言えない気持ちになったシルヴェリオは、そばに居るルーチェを撫でて心を落ち着かせることにした。

 草している間に被疑者である騎士が牢に収監されたため、取り調べることになった。
 騎士団長が魔法薬を騎士に飲ませる様子を見届けたシルヴェリオが、音声記録のための魔法具を作動させる。
 
 青ざめた騎士の前に、リベラトーレが用意したこの場に似つかわしくないほど豪奢な椅子が用意され、そこにヴェーラがどっかりと座った。
 
「貴殿から私に盛られた毒と同じ匂いがしたのは何故だ?」
「あ、預かってくれと押し付けられたんです。その時に、手で払いのけたら瓶の蓋が外れて、中身が零れました」

 さらに踏み込んで聞いたところ、メイドは犯人捜しのために使用人たちが屋敷の中に閉じ込められて以来、毒の残りと瓶を捨てる機会がなかったため、焦燥感が募った結果、騎士に押し付けようとしたとのことだ。
 
 二人は密偵としてレステッリ前伯爵に送り込まれ、コルティノーヴィス伯爵家の内情や兵力と警備についての情報を掴んではレステッリ前伯爵に流してきた。
 レステッリ前伯爵はメイドには金と宝石を、騎士には金と爵位を対価に契約していたようだ。

「なぜ、レステッリ前伯爵は私に毒を盛るように命じた?」
「コルティノーヴィス伯爵家を掌握するためです。ヴェーラ様が毒の後遺症で当主としての職務不能になれば、レステッリ前伯爵が当主代理になるおつもりでした。そして、これまでヴェーラ様から反対されたレステッリ伯爵家との取引を進め、ヴェーラ様の縁談を侯爵家以上の貴族との間で進める予定だったのです。いくつかの貴族家からはすでにヴェーラ様の縁談の対価をレステッリ前伯爵に贈っていましたので、早く縁談を進める必要がありました」
「……それは、私を他家に嫁がせるつもりだったのか?」
「そのようにするか、レステッリ伯爵に忠実な他家の者を婿入りさせるおつもりだと聞いています」
 
 レステッリ前伯爵は、自分の目的のためにヴェーラが当主の職務につけないよう毒を盛ったのだ。
 その場に居る全員が息を呑む。
 あまりにも衝撃的な内容だったため、誰も言葉を続けられなかった。

 騎士の言葉を頭の中で反芻したシルヴェリオは、拳を握りしめる。
 胸の中で、溶岩のように沸々と熱された怒りが渦巻く。
 
 人を、何だと思っているのだ。
 よもや、毒を盛った相手は、自分の血の繋がった家族だというのに。
 姉が苦労して立て直してきたコルティノーヴィス伯爵家を横から奪うことのほうが、姉の幸せよりも大切だと言うのか。
 
「毒のせいで、姉上が死ぬことは考えなかったのか?」 

 ともすれば爆発しそうな怒りを押し殺し、騎士に問う。
 
「ヴェーラ様は幼い頃から毒に耐性をつけているから、死に至ることはないとおっしゃっていたのです。殺すつもりはありません」
「だからといって、毒を盛ることを正当化できるわけがないだろう! そんなこともわからないのか!?」

 魔法薬の影響だとわかっているが、悪びれもせず淡々と答える騎士と、このような卑劣な計画を考えていたレステッリ前伯爵への怒りを、もう我慢できなかった。
 柄にもなく声を荒げたせいで、喉が痛む。
 
「シルヴェリオ、止めなさい」

 静かな声でヴェーラが制止してきたため、唇を噛み締めて黙る。
 そうでもしなければ、怒りをぶつけ続けていただろう。

「これだけの証言があれば十分だ。このまま、メイドの方も再度取り調べしよう」
 
 ヴェーラは祖父の企みを聞いた後とは思えないほど淡々としており、メイドの取り調べも速やかに終えた。
 
 毒を受け取った日時や経緯を聞き出した後、他にも協力者が三人いることを暴く。
 その内二人は領主邸の使用人だったため、シルヴェリオが魔法でタウン・ハウスの執事頭に伝令を送り、拘束させた。
 騎士団長のネストレに今回の事件を通報したため、すぐに騎士団による捜査が始まるだろう。
 相手が騎士団となれば、レステッリ前伯爵はもう逃げられない。
 
 取り調べを終え、地下から地上に戻ると、シルヴェリオは疲労を感じた。張り詰めていた糸が切れたようだ。
 
 隣でヴェーラが大きく息を吸いこんだ。彼女もまた、疲れているのだろう。
 
「はぁ。地下にいる間、異臭で鼻がどうにかなりそうだった」
「ええ、空気も臭いも酷いですからね」
 
 ふと、上着の中に初めてフレイヤと出会った日に貰った香り水の香水瓶が入っていることを思い出す。
 もったいなくて少しずつ使っているため、瓶の中にはまだ香り水が残っている。
 
「姉上、手を貸してください。フレイさんがくれた香り水があるので、気分転換してください」

 シルヴェリオが手を差し伸べると、ヴェーラがその上に手のひらを乗せる。
 上着から取り出した飴色の香水瓶を翳して香り水を吹きかけた。

 ふわりとオレンジの香りがして、ささくれだった心に沁み渡る。

「いい香りだな。ルアルディ殿らしい、優しい香りだ」

 そう言い、ヴェーラは表情を緩ませた。
 彼女もまたフレイヤの香りに癒されたのだとわかり、シルヴェリオも笑みを浮かべる。
 もう一度香りを吸い込むと、体が軽くなったような気がした。

 脳裏には、お菓子を見て目を輝かせているフレイヤの姿が浮かぶ。
 早く彼女に会いたいと、気持ちが焦がれる。
 
「フレイさんに、会いたいな……」

 溢れた想いが零れるように呟いてしまい、慌てて口元を手で覆う。
 姉に聞かれてしまっただろうか。
 ちらりとヴェーラを窺うと、こちらを見てニヤリと口元に笑みを浮かべていた。
 
「こちらは片がついたから、会いに行くといい。近いうちに、舞踏会の打ち合わせをしたいからルアルディ殿を呼んでくれ」
「……わかりました」

 しっかりと姉に聞かれていたことが気恥ずかしくなったシルヴェリオは、逃げるようにコルティノーヴィス伯爵家のタウン・ハウスを後にした。