大量のドレスを試着してから三週間後の朝。
フレイヤはダンスの練習のため、再びコルティノーヴィス伯爵家のタウン・ハウスを訪れていた。
舞踏会当日に使用する予定の広間で、ヴェーラとダンスの講師、そしてリベラトーレに見守られながら、シルヴェリオと一緒にダンスの練習をしているところだ。
舞踏会までにフレイヤが習得しなければならないダンスは、三種類ある。
四組のペアが一セットとなって四角を描くように配置につき、他のペアとの合間を縫ってダンスを踊りながら、その形状を維持しなければならないカドリール。
ペアと息を合わせたステップと流れるようなターンを繰り返し、目が回りそうなワルツ。
そして、軽快なステップと大胆なターンを織り交ぜている、忙しない動きのポルカ。
三種類もあると聞かされた時、フレイヤは現実逃避をしたくなった。
ダンスに不慣れな自分が、複数のダンスを完璧に覚えてこなすことができるだろうか。いや、絶対に無理だ。
つい気弱になってしまう度に、「これも、副工房長としての務め……!」と自分に言い聞かせ、奮い立たせている。
まずは、一人で踊って振付を覚える事から始まった。といっても、最初は隣でダンスの講師が手本として一緒に踊ってくれていたため、横目でその動きを見ながら学んだ。
普段は縁のないヒールを履いた状態で、振付と音楽を結び付けて覚えることは、とても大変だった。
日ごろから運動をしているわけではないため、頭ではわかっていても、体がついていかなかった。おまけに、ヒールを履いているとバランスをとりにくい。
そのような状態でも、身体に動きが染みつくまで何度も踊った。
振りつけを覚えると、今度は相手と踊る練習となり、またしても困難に直面する。
ヴェーラの提案で、シルヴェリオと踊ることになったのだ。
これまで舞踏会にご無沙汰だったシルヴェリオが感覚を取り戻すためにも、一緒に練習せよとのこと。
そのため、いつもシルヴェリオが務めてくれる。
魔導士の仕事が忙しいのに時間をとってもらって申し訳ない思いがあると同時に、 とある理由でフレイヤは気まずさを感じていた。
ダンスをしている間はシルヴェリオとの触れ合いが多く、また、彼と見つめ合うような状態が続いているため、胸がソワソワとしてしまい、集中しづらいのだ。
おまけに、彼の手が触れる場所だけが妙に体温が上がったように熱を持ち、触れられている感覚に意識が向いてしまうと、振りつけを忘れてしまいそうになる。
今踊っているのは、一種類目のカドリールだ。
魔法で再生している音楽に合わせ、フレイヤとシルヴェリオはステップを踏む。
互いの体が近づいては、離れ、視線を外してターンをしては、また視線を交わす。
気まずいことの繰り返し。
そう思っていた筈なのに、練習を重ねるほど、柔らかな眼差しで自分を見つめてくる深い青色の目と視線が交わる度に、喜びや安堵を混ぜたような感覚に心を支配される。
かつて、姉の夫であるチェルソに密かに片想いをしていたとき、彼と目が合う度に密かに感じていた感覚と同じだ。
とはいえ、当時は微かに感じるくらいで、こんなにも心がかき乱されるものではなかった。
頭の中でそう結びついたとき、フレイヤの心臓がドキドキと大きく脈を打ち始める。その震えがシルヴェリオに伝わっていないか、不安になる。
(ああ、どうしよう……)
ときめきと困惑が、堰を切ったように胸の中に流れ込んできた。
うっすらと勘づいていたことだが、どうにか自分を騙し、知らないふりをしていた事実から、もう逃げられなくなってしまったようだ。
自分が、シルヴェリオに恋をしているのだということに――。
(私ったら、失恋してまだ一年も経っていないのに、もう新しい恋をしてしまうなんて……)
それも、身分が違う、自分の上司を愛してしまった。
どうやら、自分は叶わぬ恋をしてしまう星のもとに生まれてしまったらしい。
(この想いがシルヴェリオ様に知られないように、しっかりと隠そう)
曲に合わせてシルヴェリオと繋いでいた手を解き、互いに数歩下がる。
温もりが離れたことに寂しさを覚えたことに気付き、咄嗟に笑顔を取り繕う。
もしもこの想いをシルヴェリオに知られてしまったら、絶対に気まずくなってしまうはずだ。
心優しいシルヴェリオは、あからさまに嫌悪してくることはないだろう。しかし、今の関係が崩れてしまう。そのことが、怖くてならない。
今の関係が心地よくて、安心できるのだ。その関係を維持するためにも、この想いは絶対に秘めなければならない。
ときめいていた心が、徐々に萎んでゆく。喉の辺りが締め付けられるように、きゅっと引き攣った。
今度の恋は、いつになったら忘れられるだろうか。
そのようなことを考えていると、脚がもつれてしまい、体が傾く。
「ひゃっ!」
間の抜けた声を上げてしまい、更に慌てていると、ぐいと手を引かれ、シルヴェリオの両腕に抱きとめられた。
シルヴェリオの温もりと、彼のために調香した『とある魔導士の至宝』の香りに包まれる。
いつも以上にシルヴェリオを近くに感じたことで、頭の中が真っ白になり、体が固まってしまった。
こんなにも密着していると、絶対に鼓動の速さに気付かれているに違いない。
「フレイさん、大丈夫か? 足を怪我したのではないか?」
「も、申し訳ございません。私の不注意で転んだだけです」
「……」
シルヴェリオの視線が、フレイヤのヒールへと注がれる。
その様子を、困惑しながらも見守った。
「姉上、今日の練習はここまでにしませんか? フレイさんの足が心配です。このところ、急に酷使するようになったので、疲労が蓄積していると思います。万が一怪我をしてはいけませんから、休息をとってもらいましょう」
視線を上げたシルヴェリオが、ヴェーラに提案する。どうやら、フレイヤの足が疲労でもつれたのだと思っているようだ。
「うむ、そうだな。ルアルディ殿は真剣に打ち込んで練習しているから、その分足に負担がかかっているだろう。念のため、帰る前に治癒師に診てもらってくれ」
またコルティノーヴィス伯爵家の治癒師に診てもらうことに気が引けたフレイヤは断ったのだが、シルヴェリオとヴェーラの二人から説得され、申し訳なく思いながらも治癒師に診てもらった。
幸にも、筋肉痛が起きているだけで回復魔法をかける必要はないとのことで、フレイヤは胸をなでおろす。
自分のために貴重な力を使ってもらうことは、とても気が引けるのだ。
「本日もありがとうございました」
フレイヤはヴェーラとダンスの講師に礼をとると、シルヴェリオと一緒に部屋を出た。
フレイヤはダンスの練習のため、再びコルティノーヴィス伯爵家のタウン・ハウスを訪れていた。
舞踏会当日に使用する予定の広間で、ヴェーラとダンスの講師、そしてリベラトーレに見守られながら、シルヴェリオと一緒にダンスの練習をしているところだ。
舞踏会までにフレイヤが習得しなければならないダンスは、三種類ある。
四組のペアが一セットとなって四角を描くように配置につき、他のペアとの合間を縫ってダンスを踊りながら、その形状を維持しなければならないカドリール。
ペアと息を合わせたステップと流れるようなターンを繰り返し、目が回りそうなワルツ。
そして、軽快なステップと大胆なターンを織り交ぜている、忙しない動きのポルカ。
三種類もあると聞かされた時、フレイヤは現実逃避をしたくなった。
ダンスに不慣れな自分が、複数のダンスを完璧に覚えてこなすことができるだろうか。いや、絶対に無理だ。
つい気弱になってしまう度に、「これも、副工房長としての務め……!」と自分に言い聞かせ、奮い立たせている。
まずは、一人で踊って振付を覚える事から始まった。といっても、最初は隣でダンスの講師が手本として一緒に踊ってくれていたため、横目でその動きを見ながら学んだ。
普段は縁のないヒールを履いた状態で、振付と音楽を結び付けて覚えることは、とても大変だった。
日ごろから運動をしているわけではないため、頭ではわかっていても、体がついていかなかった。おまけに、ヒールを履いているとバランスをとりにくい。
そのような状態でも、身体に動きが染みつくまで何度も踊った。
振りつけを覚えると、今度は相手と踊る練習となり、またしても困難に直面する。
ヴェーラの提案で、シルヴェリオと踊ることになったのだ。
これまで舞踏会にご無沙汰だったシルヴェリオが感覚を取り戻すためにも、一緒に練習せよとのこと。
そのため、いつもシルヴェリオが務めてくれる。
魔導士の仕事が忙しいのに時間をとってもらって申し訳ない思いがあると同時に、 とある理由でフレイヤは気まずさを感じていた。
ダンスをしている間はシルヴェリオとの触れ合いが多く、また、彼と見つめ合うような状態が続いているため、胸がソワソワとしてしまい、集中しづらいのだ。
おまけに、彼の手が触れる場所だけが妙に体温が上がったように熱を持ち、触れられている感覚に意識が向いてしまうと、振りつけを忘れてしまいそうになる。
今踊っているのは、一種類目のカドリールだ。
魔法で再生している音楽に合わせ、フレイヤとシルヴェリオはステップを踏む。
互いの体が近づいては、離れ、視線を外してターンをしては、また視線を交わす。
気まずいことの繰り返し。
そう思っていた筈なのに、練習を重ねるほど、柔らかな眼差しで自分を見つめてくる深い青色の目と視線が交わる度に、喜びや安堵を混ぜたような感覚に心を支配される。
かつて、姉の夫であるチェルソに密かに片想いをしていたとき、彼と目が合う度に密かに感じていた感覚と同じだ。
とはいえ、当時は微かに感じるくらいで、こんなにも心がかき乱されるものではなかった。
頭の中でそう結びついたとき、フレイヤの心臓がドキドキと大きく脈を打ち始める。その震えがシルヴェリオに伝わっていないか、不安になる。
(ああ、どうしよう……)
ときめきと困惑が、堰を切ったように胸の中に流れ込んできた。
うっすらと勘づいていたことだが、どうにか自分を騙し、知らないふりをしていた事実から、もう逃げられなくなってしまったようだ。
自分が、シルヴェリオに恋をしているのだということに――。
(私ったら、失恋してまだ一年も経っていないのに、もう新しい恋をしてしまうなんて……)
それも、身分が違う、自分の上司を愛してしまった。
どうやら、自分は叶わぬ恋をしてしまう星のもとに生まれてしまったらしい。
(この想いがシルヴェリオ様に知られないように、しっかりと隠そう)
曲に合わせてシルヴェリオと繋いでいた手を解き、互いに数歩下がる。
温もりが離れたことに寂しさを覚えたことに気付き、咄嗟に笑顔を取り繕う。
もしもこの想いをシルヴェリオに知られてしまったら、絶対に気まずくなってしまうはずだ。
心優しいシルヴェリオは、あからさまに嫌悪してくることはないだろう。しかし、今の関係が崩れてしまう。そのことが、怖くてならない。
今の関係が心地よくて、安心できるのだ。その関係を維持するためにも、この想いは絶対に秘めなければならない。
ときめいていた心が、徐々に萎んでゆく。喉の辺りが締め付けられるように、きゅっと引き攣った。
今度の恋は、いつになったら忘れられるだろうか。
そのようなことを考えていると、脚がもつれてしまい、体が傾く。
「ひゃっ!」
間の抜けた声を上げてしまい、更に慌てていると、ぐいと手を引かれ、シルヴェリオの両腕に抱きとめられた。
シルヴェリオの温もりと、彼のために調香した『とある魔導士の至宝』の香りに包まれる。
いつも以上にシルヴェリオを近くに感じたことで、頭の中が真っ白になり、体が固まってしまった。
こんなにも密着していると、絶対に鼓動の速さに気付かれているに違いない。
「フレイさん、大丈夫か? 足を怪我したのではないか?」
「も、申し訳ございません。私の不注意で転んだだけです」
「……」
シルヴェリオの視線が、フレイヤのヒールへと注がれる。
その様子を、困惑しながらも見守った。
「姉上、今日の練習はここまでにしませんか? フレイさんの足が心配です。このところ、急に酷使するようになったので、疲労が蓄積していると思います。万が一怪我をしてはいけませんから、休息をとってもらいましょう」
視線を上げたシルヴェリオが、ヴェーラに提案する。どうやら、フレイヤの足が疲労でもつれたのだと思っているようだ。
「うむ、そうだな。ルアルディ殿は真剣に打ち込んで練習しているから、その分足に負担がかかっているだろう。念のため、帰る前に治癒師に診てもらってくれ」
またコルティノーヴィス伯爵家の治癒師に診てもらうことに気が引けたフレイヤは断ったのだが、シルヴェリオとヴェーラの二人から説得され、申し訳なく思いながらも治癒師に診てもらった。
幸にも、筋肉痛が起きているだけで回復魔法をかける必要はないとのことで、フレイヤは胸をなでおろす。
自分のために貴重な力を使ってもらうことは、とても気が引けるのだ。
「本日もありがとうございました」
フレイヤはヴェーラとダンスの講師に礼をとると、シルヴェリオと一緒に部屋を出た。


