追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

 フレイヤとシルヴェリオを乗せた馬車が、王都の大通りで停まった。
 シルヴェリオが見つけたアイスクリームのケーキを売る店まで、歩いて行くのだ。
 馬車で店先まで行くことも可能だが、話の流れでそうなった。

「フレイさん、こっちだ」
「わ、わかりました!」
 
 馬車を降りたフレイヤは、やや緊張した面持ちでシルヴェリオの隣を歩く。
 なんせ、今から貴族向けの店が並ぶ区画を歩くのだ。
 平民の自分が足を踏み入れてもいいのだろうかと、不安になる。

 目的の店は貴族向けの店が並ぶ区画にあり、周りにはエイレーネ王国で人気のドレス店や宝飾品店が軒を連ねているらしい。
 平民であるフレイヤが足を運ぶことはない場所だ。
 話を聞いたフレイヤが少し興味を持ち、「窓越しに素敵なドレスやアクセサリーを見れそうですね」と言うと、シルヴェリオが散策を提案してきたのだった。
 曰く、「調香の参考になるかもしれない」ということらしい。
 
 たしかに、調香師として香りの表現の幅を広げるには、自分の心の中にある引き出しにあらゆる知見で満たしていくべきだ。
 そう思ったフレイヤはすぐに了承したが、いざ貴族向けの区画に足を踏み入れるとなると、怖気づいてしまうのだった。
 
「フレイさん、あの辺りが貴婦人のドレスを扱っている店ですよ」
「わあ! 外観も素敵ですね!」

 シルヴェリオや指し示した先には、淡いミントグリーンの外壁が上品な店だ。
 ショーウィンドウには、様々な形や色のドレスを着たトルソーが展示されている。

 マーメイドシルエットのドレスは、首元から腰の辺りは濃紺で、裾までは淡いグラデーションをつくっており、人魚を彷彿とさせるデザインで目を奪われる。
 隣にある鮮烈な赤色のドレスは胸元が大きく開いているが、その上から黒色のショールを羽織っているため、上品な雰囲気があった。
 その他にも、たっぷりのドレープが美しい緑色のドレスや、美しく咲く花の如くふんわりとした淡い生地を重ねたピンク色のドレスもある。

「香油にたくさんの種類があるように、ドレスにも様々なデザインがあるのですね」
「今まではあまり気にしたことはなかったが、言われてみればそうだな」

 ショーウィンドウを見つめていたフレイヤは、窓に反射したシルヴェリオの姿を見た。
 シルヴェリオは自分を見つめており、その眼差しはどこか――甘い。
 
 きっと、ガラス越しに見たから、少し歪んで見えたのだろう。
 いささか落ち着かない気持ちになってしまい、慌てて視線を外した。
 
「シルヴェリオ様、他のお店も見ていきましょう!」
 
 少し歩いた先にある店は、ネックレスやイヤリングといった装飾品を扱っており、キラキラと輝くショーウィンドウにフレイヤは圧倒された。
 眩しさで目が潰れてしまいそうだ。
 
(舞踏会ではこんなにもキラキラとした装飾品を身に着けた貴婦人がたくさんいるんだよね。会場内が眩しくて歩けなくなりそう)

 そのようなことを考えていると、フレイヤたちに近づく足音がした。
 
「コルティノーヴィス卿、街でお会いするなんて奇遇ですわね」

 鈴を転がすような声が、シルヴェリオを呼ぶ。
 フレイヤもシルヴェリオも振り返り、背後にいる声の主を見た。

 声の主は、蜂蜜のような金色の波打つ髪に、宝石を彷彿とさせる水色の瞳を持つ、自信に満ちた二十代くらいの女性だ。
 瞳と同じ水色の宝石があしらわれた髪飾りやイヤリングにネックレスを身につけ、ドレスはレモンような黄色で、ふんわりとした可愛らしいシルエットになっている。
 ドレスの胸元や袖口にはレースがたっぷりとあしらわれており、見るからに豪奢な装いだ。
 
(わあ、人形みたいに綺麗な人……!)

 フレイヤは思わず見入ってしまったが、ジロジロと見ることは不敬だと礼儀作法の本に書かれていたことを思い出し、少し目を逸らす。
 
「……ええ、そうですね」

 シルヴェリオは淡々とした声で事務的に返事をした。その声が、いつになく冷たさを帯びていた。
 
「コルティノーヴィス卿は全く舞踏会にいらっしゃらないから、寂しく思っていましたの。こうして街中でお会いできて嬉しいですわ」

 女性はゆったりとした動きでシルヴェリオに歩み寄り、隣に並んだ。
 フレイヤは二人を見て、ほうっと感嘆の溜息を吐く。
 
(二人とも綺麗で、絵になるなぁ)

 貴族の女性は幼い頃より美しさを保つために気を遣っていると聞いたことがある。
 きっと、シルヴェリオはいつか、目の前にいるこの女性のように美しい令嬢と結婚するのだろう。
 そのようなことを考えたとき、胸の奥でモヤのようなものが広がっている感覚がした。
 今まで感じたことのない不快感に、フレイヤは内心戸惑う。

(私……どうしたのだろう?)

 フレイヤは思わず、自分の胸元に手を当てた。
 幸にも、先ほど感じていたような不快感はもうない。
 
 もしかすると、慣れない場所にいたから、少し不安を感じていたのかもしれない。
 そう片付けることにした。
 
「もし夕食がまだでしたら、ご一緒しても? この近くに、贔屓にしている店がありますのよ。実家の領地の魔獣対策のために、魔導士としての知恵をお借りしたいですの」
「すみませんが、先約がありますので失礼します。それと、魔獣対策の相談は私個人ではなく、黒の魔塔の専門窓口に相談してください」
 
 女性がシルヴェリオにしなだれかかろうとすると、シルヴェリオは身を引いて躱した。

「では、失礼します」 
 
 シルヴェリオはフレイヤの背に手を添えると、その場を立ち去った。
 突然のことで驚いたフレイヤは、女性に頭を下げて礼をとると、シルヴェリオの歩調に合わせて足を動かす。
 
 しばらく歩くと、シルヴェリオはフレイヤの背から手を離した。
 
「突然触れてすまなかった。あのような者が苦手で、引き留められたくなかったんだ」
「いえ、全く気にしていないので、謝らないでください」
 
 フレイヤは両手を前に出して、横に振る。
 その方手をシルヴェリオに取られてしまった。

「あっという間に店の前についてしまった。まだフレイさんと散策したかったが、まずは約束のアイスクリームのケーキを食べてもらおう」
「ついに食べられるのですね!」 
 
 フレイヤはシルヴェリオに手を握られていることも忘れて、アイスクリームのケーキに想いを馳せる。

 店の外壁はパステルブルーで、淡い花を植えた鉢が周りを彩っている。
 中に入ると壁も床も調度品も白色で統一されており、可愛らしい空間だ。
 
 ウェイターに案内されたテーブルにシルヴェリオと向き合って座り、フレイヤはメニュー表とにらめっこした。

「気になるものがあれば、遠慮せずに全て頼むといい」
「いえ、アイスクリームを食べ過ぎるとお腹を壊してしまうので、運命の逸品を見極めます!」
「――くっ」

 シルヴェリオから、笑い声を押し殺した声が聞こえてきた。
 見ると、肩を震わせて俯いており、口元を隠している。

「シルヴェリオ、まさか……笑っていますか?」 
「……すまない。フレイさんでも、菓子の誘惑に打ち勝つことがあるのかと思うと、可笑しくて……」
「ひ、人を食いしん坊のように言わないでください!」
「ははっ、本当に申し訳ない。お詫びに、気に入ったものをもう一つ、選んでくれ。持ち帰り用に買う」
「……! ありがとうございます」  
 
 たしかに、持ち帰って次の日に食べれば、お腹の健康を守れそうだ。
 フレイヤは嬉々として、二種類のアイスクリームのケーキを頼んだ。
 そして、シルヴェリオに促されて紅茶も注文する。
 
 すぐに、白色に花の彫刻を施した可愛らしいティーカップが運ばれて、紅茶が注がれた。
 紅茶をひと口飲んだところで、アイスクリームのケーキが運ばれてくる。

 フリルのような装飾が可愛い白磁の皿の上に、三角形にカットされたケーキの一切れが乗せられている。
 
 ケーキの表面は可愛らしいピンク色で、白色のアイスクリームで作られたバラがトッピングされている。
 断面には様々な色の層があり、それぞれ異なる味のアイスクリームが使われているようだ。
 
「げ、芸術品です……!」

 フレイヤは両手を胸元で組み、目の前に置かれたケーキの一切れに見惚れる。
 向かい側の席から、くすりと笑う声が聞こえてきた。
 
「早く食べないと、溶けてしまいそうだ」
「そうですね! こんなにも美しいケーキを食べてしまうのはもったいないですが……いただきます!」

 フレイヤは美しい彫刻が施された銀色のフォークを手に持って、ケーキを掬った。
 口の中にそっと入れると、すぐに目を輝かせた。

「様々なアイスクリームの味が口の中で合わさって、とても美味しいです! 口の中に入れると溶けていくので舌触りが滑らかですね。一番上の層はイチゴ味で、中はマスカルポーネの層がありますし、砕いたナッツを混ぜたコーヒー味のアイスもありますね。あと、チョコレートのアイスの層もあります。まるで、アイスの宝石箱のようですね! 底にあるビスケットの土台が少ししょっぱいので、アイスクリームによく合いますよ! こんなにも素敵なお菓子を食べさせてくださって、ありがとうございます!」
「……」
「シルヴェリオ様……?」 
 
 シルヴェリオが静かなため、フレイヤは彼の顔を見た。
 深い青色の目と視線が交わる。

 その眼差しは優しく、そして蕩けている。
 フレイヤの胸が、ドキリと音を立てた。
  
「ああ、すまない。フレイさんが美味しそうに菓子を食べている姿を見ている瞬間が、幸せだと思ってな。つい見惚れてしまっていた」
「……っ」

 フレイヤは頬に熱を感じた。
 気付くとフォークに乗せたアイスクリームのケーキがぐにゃりと溶け始めたため、慌てて口の中に入れる。
 
(なんだか、さっきよりもアイスクリームのケーキが早く溶けている気がする)

 それに、冷たいアイスを食べているはずなのに、頬がさらに熱くなってきている。
 店内が熱いわけでも、アイスの中に体温を上げるほど辛い食材が入っているはずでもないのに。

(私、どうしてしまったのだろう……?)
 
 フレイヤは冷たさを求めて、アイスクリームのケーキをまたひと口食べるのだった。
 ふたたびシルヴェリオから熱い視線が注がれている事には、気づかずに。