「泣いてるの?」


優しい、穏やかな声のトーンだった。

私は、勢いよく顔を上げる。


木陰から差し込む光で、良く見えなかった。

だけど、その表情は柔らかくて、私の目からは、また一筋涙が零れた。


「おにい、ちゃん……?」


どうしてそんなことを呟いてしまったのか分からない。


苦しい気持ちは確かにずっとあった。

だけど、その気持ちは、もうずっと長い間、自分一人だけにとどめていたのに。

周りには決して出さない、厚い壁を作ったつもりだったのに。


なのに、どうしてか、震える声で、縋るような瞳で呟いてしまった声。


「お兄ちゃんを、探してる?」


光の角度がずれ、男の子の表情がはっきりと見えた。

色白で、整った美少年。


お兄ちゃんに似ていた。

雰囲気がそっくりだった。

だけど、違うと感じる部分も確かにあって、私は正気に戻る。


慌てて目を逸らし、涙を拭って立ち上がる。


「ごめんなさい、なんでもないです。」

「え、でも…」

「大丈夫です。失礼します」


そのまま、駅までノンストップで走った。

何だか今日は、よく走る日だ。


苦しい気持ちを振り払うように、私は電車に乗り込むまで、走り続けた。