あの日、彩夏がこの皇神居に現れたその瞬間から、おれの心は壊れてしまったのだろう。
体中のネジが外れていく感覚に、5歳のおれは何がなんだか分からず、どうしようもできず、だけど自分が年齢に似合わない、分不相応な感情を抱いていると自覚していた。
おれはすっとその場から立ち上がり、本を片手に彩夏が去っていった方とは正反対の方向へ歩き出す。
今は、彩夏の顔を見ることが無性に怖かった。あのこの笑った顔をこの目に映したら、もう耐えられそうになかった。
“彼女を、誰も来ることがない薄暗く冷たいあの監獄に、人目につかないあの場所で、一生閉じ込めたい”
そんな恐ろしい欲望は、今日で捨てるのだ。
この黒く醜い卑下すべき感情は、墓場まで持っていく。あやちゃんにも誰にも、知られてはいけない。
もう誰からも、怖がられないように。
たいせつでだいすきだった人が、もうこれ以上、おれから離れていってしまわないように────。
「……っ」
もうあんな思いをするのは、いやなんだ。
母に見捨てられたおれに価値なんてない。だれもこんなやつを愛してくれるわけがない。だからこれまで、特別だと思う存在をつくらないよう、無意識に自分から人と関わろうとしなかった。



