今夜のメインは麻婆豆腐。熱々のそれを食べ始めてすぐ、向かいに座る慧さんが「一絵」と声をかける。

「レストランを予約しておいた。明日はそこでディナーをしよう」
「えっ?」
「君の誕生日だろう」

 さらっとそう言われて、私は目が点になった。

 慧さん、私の誕生日を知っていたの!? しかも一緒にレストランでディナーだなんて、ちゃんとした夫婦っぽい……!

 一瞬ぱっと表情が明るくなったものの、彼の言葉には続きがあった。

「松岡社長が祝いたいと言っていたから、ご両親も一緒に」

 ──は? 〝ご両親も一緒に〟?

 完全にふたりきりだと思っていた私のテンションは、頂点に達したジェットコースター並みに急降下していった。私の親も同伴って、そんなぁ……!

 あからさまにうなだれる私に、慧さんは首をかしげる。

「どうした?」
「いえ、ちょっと、豆板醤が目にしみて……」
「そんなに辛いか?」

 彼は怪訝そうにしているけれど、本当にしみるわ。目じゃなくて心に。

 もしかして、お父さんに言われたからディナーをすることにしたの? ご機嫌取りの意味もあるのかもしれないし、慧さんにとったらこれも仕事のうちのひとつなのかな……。祝いたいという慧さん自身の気持ちは少しもないのだろうか。