ここで、かつてのキムとナターシャの話をしよう。

 ナターシャは代々続く名家の生まれだった。ちなみにナターシャの父方の祖母は皇族の姫である。そんな名家の元でナターシャは生まれ育った。

「ナターシャ、お前は必ず妃となるのだからちゃんと女らしくあるんだよ」

 ナターシャは両親と共に過ごした経験はそこまで無い。いつも乳母や家庭教師と一緒にいたからだ。それにナターシャの母親は若くして病によってこの世を去っている。
 これはナターシャが5歳の時だった。

「お前が妃になって男子を産めば、家はますます安泰する」

 妻を亡くした父親から次第に圧をかけられるようになったナターシャ。そんなナターシャも妃になりたいという野望が徐々に心の中で芽生え始めていく。
 そしてなんと14歳と言う若さで後宮入りした彼女は、最終的には、当時皇太子だったキムの妃…第一夫人にまで、上り詰める。

「ナターシャ様」
「なんだ」
「○○様に…謀反の疑いが」

 美を極め、何度も何度も、人を蹴落としては、頂へと上り詰める。ナターシャはそんな日々を送っていた。

「ナターシャ様、どうされますか?」
「では、銃殺刑に処せ。それに○○公とその奥方も邪魔だ。殺すとするか」
「わかりました」

「あの側室…子を孕んだようだな」
「さようでございます」
「毒を飲ませよ。紅茶にでも混ぜればよい。男子だったらかなわん」
「わかりました」

「ふむ、あの側室…媚びを売るとは厄介なおなごよ。毒を飲ますか寝首をかけ。皇太子をたぶらかすやもしれん」
「畏まりました」

 何かがすり減っていくような、そんな感覚を覚えながら。


※※※※※
 

 キムはナターシャを愛している事に気がつかないでいた。

 キムは、ナターシャが裏で数々の悪事を働いていたと知った時、最初は一応彼女をかばったのだった。勿論そこには自己保身もある。次期皇位継承者の第一夫人が悪女と知られれば自身の立場も危うくなるからだ。

「ナターシャがそんな事、するわけがない!」

 しかし無情にも、ナターシャの働いた悪事の数々は彼を裏切る形となった。

「ナターシャ」

 彼の脳裏には、今でもナターシャが火あぶりにされる様子がまざまざと刻まれている。それは皇帝に即位してからも消えてはいない。
 そしてそんなキムは今になってようやく、ナターシャへの愛に気づこうとしている。いや半ば気づき始めていると言うべきか。

 そんなナターシャがいまや狼男と暮らしているとキムが知れば、一体キムがどのような反応を見せるか気になる所である。