この男は、私を見ているのかよく分からない。というか、前世では彼からの寵愛…物凄く溺愛されるほどの愛情を受けた試しが無い。

「あの、ナターシャ妃もカレーライスが好きだったんです?」

 と、キムに聞いてみた。

「ああ、時折食べていたな」
「そうですか」

 何かが違うしずれている。それになぜ「今」なのか。

(愛を伝えたいのなら、前世で伝えてくれたらよかったのに)

 私はもう、ナターシャ妃では無い。リークと一緒に静かに暮らすと決めたナターシャなのだ。もう後宮の暮らしなんていらない。
 私はかき込むようにカレーライスを完食し、立ち上がった。

「まだ座っていよ。デザートがある」
「お断りいたします」

 キムからの申し出を断って見せた。

「なぜだ」
「もう、おなか一杯でございます」
「…」

 キムは言葉が出ないと言った感じで無言となる。アイネらもナジャも私の方を黙って見つめている。

「陛下、恐れながら私にはこのランチは口には合わなかったようです」
「…なんだと?」
「私は、陛下がお求めであるおなごでは無かったようです。それに…ナターシャ妃はもう亡くなっていると聞きました。本来はこのランチも、皇帝の寵愛も彼女のものなのでは?」

 自分で言うのもなんだがどっからどう見てもはったりに近い状態だ。だが何とか頭を回して言葉を無理やり吐き出していく。
 あの男とは本当に関わりたくないのだ。そして早くナジャ共々リークの元へ帰りたい。

「だが、あのナターシャは…もう」
「皇帝陛下。今更ナターシャ妃への愛に気づいてももう遅いです。そしてそれを関係ない者へ押し付けても何もなりません」

 きっぱりと言ってやった。胸の中がすーっと爽やかになっていく。

「では、失礼いたします」

 私は頭を下げてさっさと退出していった。後を追うようにナジャも退出する。

「ナターシャ…びっくりしたわ」
「そう?思ってた事を言ったまでよ」
「…やるじゃない」

 ナジャがにこっといたずらを成功させた子供のように笑った。