「インターフォンを鳴らす勇気が出なくて、しばらく、家の前をウロウロしたんですけどね。春名さん、全然出てこなかったです。」
「通報されなくて良かったね。」

 青石兄のコメントには、いちいち棘がある。


 その夜。

 明日もう一度、春名さんの家に行ってみようと心に決めて、私は床についた。

 日中は、あまり考えないようにしていたけれど。冷たく対応された瞬間のことを思い返すと、ちょっと、泣きたい気持ちになる。


――まだ、チャンスはあるし。

 明日は手土産として、春名さんの好きな、甘い物を持って行くのだ。

 そして、春名さんが本当に本当に退職したいなら、『今までありがとう』ときちんとお礼を伝えたい。


 私は深夜まで、寝付けなかった。