校舎に入り、国語準備室の隣を歩いていると。

「黒瀬。それは何だ?」

 ちょうどドアから出てきた田上先生が、声をかけてきた。


――げげげ。

 田上先生は、風紀の担当教諭でもある。


 王明学園では、基本的にお菓子類は持ち込み禁止となっている。
 バレンタインにチョコを持ってくる者は多いけれど、見て見ぬ振りという黙認状態になっているにすぎない。

 そのため、こうして正面からはっきりと聞かれると、返答に困ってしまうのだ。


――そうだ!

「田上先生、マラソンのときは、ありがとうございました。これ、美味しくできているか、自信ないんですけど……。」

 私は先手を打ち、先生に小さな箱を、差し出した。予備に用意していたチョコである。


 生徒から、感謝の気持ちを示されれば、先生も人間だ。杓子定規に咎めることは、できないだろう。

 作戦どおり、田上先生は「お前が作ったのか」と驚きつつも、受け取ってくれた。

 「他の先生には見つかるなよ」という注意とともに。