「そんなすごいノートだった覚えは、ないですけど……。」
「いいんだ。思い出す必要はない。」


 良かった。
 もう帰ろう。帰りたい。


 思いが通じたのか、「さあ、もう遅いから帰った方が良いな。」と言われたので。
 私はササッと体を反転した。

 助けてもらっておいて何だけど、今後はできるだけ関わり合いになりたくないな。


 退室する直前、扉のところに、風紀委員と教師の名前が貼ってあるのが、ふと目に入った。

『担当教員 田上六郎(たうえろくろう)』


――六郎!!!


 私は雷に打たれたような衝撃とともに、思い出した。
 かつて、幼き日に、内心、かなり笑わせてもらったことを。そして、奇しくも、今日が6月6日であることを。


――そうだ。たしかに先生は、そう言っていた。


 私はくるっと振り返って先生を見た。

 ついさっきまで、完全に忘れていたけれど。思い出したからには、一言、言っておくべきだ。


「田上先生。――お誕生日、おめでとうございます。」


 私は返事を待たなかった。
 言いっぱなしで、扉を閉めた。


 そのため、閉められた扉の方を見て、田上先生がどんな顔をしていたのか――、私は知らない。