「今日なら見れるかなって、持ってきたんだ。少しだけ、過去話に付き合ってくれる?」


 当然、返答はない。

 彼女は寂しく微笑みながら、そっと、アルバムの表紙を撫でる。わずかに震える指先で、ゆっくりとアルバムを開いた。


 そこには、彼女が探し求める、愛しい人の姿がある。



 春。

 夕暮れ公園で桜を見ているときの写真。


『春なので、お花見に行きませんか』


 大学を卒業して、数週間後に控える入社式に緊張していた中での、同級生からのお誘い。少しでも気が紛れるならと、彼女は誘いに乗った。


「ここね、彼のお気に入りの場所なんだって」


 彼女の表情は柔らかい。


『一本でも、立ってる。それがかっこよくて、好きなんだ』


 そう言って、桜の木を見上げる横顔。

 不思議とその横顔から目が離せなくて、彼女はスマホのシャッターを押した。


 常に明るくて笑顔しか知らなかった彼の、影。彼女はそれに、気付かないふりができなかった。


『お花見と言えばお弁当かなって思って、作ってきたんだ。よかったら食べて?』


 自分で作ってきたサンドウィッチを、美味しそうに頬張る姿。

 至れり尽くせりで、若干の申し訳なさを感じつつ、サンドウィッチを齧ったときの感動と悔しさ。それが現れた表情が、彼の手によって残されていた。


「料理が上手だってことは、知ってたよ? でもまさか、私が作るより美味しいなんて、思わなかった。それが本当に、悔しくって。あれから、たくさん料理の練習したっけ」