どこよりも一番初めに、夜を迎える支度を始める、夕暮れ公園。最近は秋めいてきて、静まるのが早い。

 近くの家から賑やかな声が聞こえてくる。そんな中でも、桜の木はただ一本、そこにある。


 一人寂しく、ただ春を待ち焦がれている桜の木の元に、今日も彼女は寂しそうな表情を浮かべながら、やって来た。

 仕事終わりで、少しだけ服を着崩している。


 彼女は桜の木の傍にあるベンチにカバンを置く。そして、桜の木に背を向けるように設置されたベンチの背もたれに、腰掛ける。

 桜の木を見上げるその瞳は、桜の木を見ていないようにも感じる。


 冷たくなった風が、枝を揺らす。


「……君、もうすぐなくなるんだってね」


 ただ揺れる枝を眺め、彼女はこぼした。

 誰も彼女の言葉に答えない。夜が近付いているがゆえの沈黙が、彼女と桜の木の間に流れる。


「私たち、仲良く置いていかれたと思ってたのに……君にも会えなくなるのは……寂しいよ」


 彼女の独り言は、徐々に黒に染まっていく空に吸い込まれる。

 静かな空間は儚さを助長させていく。


「結局、この半年、一度も会えなかったし……そろそろ気持ちに区切りを付けようと思って」


 桜の木よりも寂しそうにしながら、彼女はカバンに手を伸ばした。


 取り出したのは、一冊のアルバム。

 半透明の青色カバーで、手に取る度に中身が見えてしまうのが気恥しいからと、あえて一ページ目になにも入れないでもらった、思い出の詰まった一冊。