「え?帰るって、どこに?」
「私のワンルームマンションです。もうすっかり元の生活に戻りましたし、いつまでも信司さんをソファで寝かせる訳にはいきませんから」
「そんな、俺のことは気にしなくていいから」
「いえ、これ以上ご迷惑はかけられません」
「迷惑だなんて、そんなこと」

三浦は寂しそうに視線を落とすと、しばらく何かを思案してから顔を上げた。

「菜乃花ちゃん。怪我のこととは関係なく、このまま俺とここで暮らしてくれないか?」
「え?」
「正式に君と婚約したい。プロポーズの返事を聞かせてもらえる?」
「そ、それは…」

今度は菜乃花がうつむいて言葉に詰まる。

プロポーズされたことを、なんとなくなかったことにしていた。
入院の騒動に紛れて話もうやむやになったような気がして、こんなふうに改めて返事を迫られるとは思っていなかった。

「あの、お返事についてはまだ…。一度自宅に戻って、もう一度一人でゆっくり考えさせて頂けませんか?散々お世話になっておいて、恐縮ですが…」
「そんなことは気にしないで。分かった。じゃあ、もう少し考えてみて」
「はい。ありがとうございます」

次の日。
菜乃花は三浦にマンションまで送ってもらった。

「それじゃあ、また連絡するね」
「はい。今まで長い間お世話になりました」
「またそんな他人行儀な…。菜乃花ちゃん。俺は君のことが大好きだ。誰よりも大切な人だよ。これからも、ずっと君と暮らしていきたい。そして必ず幸せにする。二度と君を危険な目に遭わせないと誓うよ。俺の一生をかけて、君を守っていく。だから結婚して欲しい。どうか、俺との将来を考えてみてくれないか?」
「はい。分かりました」
「良い返事を期待してる。じゃあね」

笑顔を残して去って行く三浦を、菜乃花は複雑な気持ちで見送っていた。