「3月10日か。菜の花が綺麗な季節に生まれたんだね。遅くなったけどお誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。実は今年の誕生日、満開の菜の花を見たんです。宮瀬さんと一緒に」

えっ?と颯真が真顔に戻る。

しばらく宙を見ながら考え込んだ後、あ!と声を上げた。

「もしかして、図書館の横の公園?」
「はい、そうです」
「あの日、君の誕生日だったんだね。ごめん、知らなくて」

それにその日は、弱音を吐いて菜乃花にマンションまでつき添ってもらい、料理まで作らせてしまった。

「ごめん。俺、君の大切な日を台無しにしたね」

いいえ、と菜乃花は微笑んで首を振る。

「とても嬉しい誕生日になりました。ずっとずっと苦しかった気持ちを、宮瀬さんが溶かしてくださったんです。あの日を境に、私は明るい気持ちで前に進めるようになりました」

(そうか、あの時心理士を諦めた理由を打ち明けて、俺の腕の中で泣き続けていたっけ)

子どものように身体を震わせて涙を流す菜乃花を、ひたすら抱きしめていた感触が蘇る。

それで彼女の気持ちが軽くなったのなら、少しは自分の罪悪感もなくなる気がした。

「私は勝手に、宮瀬さんから誕生日プレゼントをもらった気がしていました。ありがとうございます」
「いや、まさかそんな。俺の方こそあの日はありがとう」
「宮瀬さんは?お誕生日いつなんですか?」
「え?」
「私にも何かお返しをさせてください。プレゼントを用意しておきますね」
「いや、それが…」

苦い顔で言い淀む颯真に、菜乃花は、ん?と首を傾げる。

「どうかしましたか?」
「ああ、うん。その、5月9日なんだ」
「は?」

菜乃花は目をぱちくりさせる。

「5月9日って、今日?」
「うん。あと1時間で終わるけど」
「ええ?!」

思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。

「本当に?どうして教えてくれなかったんですか?」

小声で咎めるように言う。

「いや、そんな。普通言わないでしょ?いい大人が今日誕生日なんだー、なんて。君だってあの日、教えてくれなかったし」
「そうですけど…。あ、プレゼント!どうしよう、あと1時間じゃ…」
「そんなのいいってば」
「でも、せめてお礼に何かさせてください。私の誕生日に、悩みを聞いてくださったお礼に」
「だから、いいってば。俺の方こそ君に助けられたんだし」
「じゃあ、今私を看病してくださってるお礼に」
「それは医師だから当然だよ。それに対して何かを受け取るなんて出来ない」

むーっと菜乃花は拗ねた顔になる。

「宮瀬さんって、真面目過ぎます。もうちょっと軽く考えてください」
「君こそ意地っ張りじゃないか。お礼なんかいいって言ってるのに」
「それはだって、私の気が済まないからです」
「本当に負けん気が強いね」
「こちらのセリフです!」

二人は互いに譲らない。
と、ふいにおかしくなって同時に笑い出した。

「あはは!まあ、いいか」
「そうですね」
「さてと!あんまり話してると身体に良くない。ゆっくり休んで」
「ありがとうございます。あ、宮瀬さん」
「ん?」

足を止めて振り返った颯真に、菜乃花はにっこり微笑んだ。

「お誕生日おめでとうございます」

颯真は一瞬驚いた表情を見せてから、満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう!何よりのプレゼントだよ」

菜乃花も優しく微笑んで頷いた。