季節は少しずつ春へと向かい、厳しい寒さも少しずつ和らいでいく。

時折電話で話す有希からも、順調に赤ちゃんが成長していると聞いて、菜乃花は自分のことのように嬉しくなった。

穏やかな毎日を過ごしていたある日、いつものようにカウンター業務をしていた菜乃花は、意外な人物に声をかけられた。

「こんにちは」
「宮瀬さん!」

照れたように笑いながら、颯真が控えめに声をかけてきた。

「4階に本を借りに来たんだけど、思い出して寄ってみたんだ」
「そうなんですね。あ、そう言えば加納さん。以前と同じように、週に一度はここに来られるようになりましたよ」
「そうか、良かった。外来でも、いつも元気そうだよ。すっかり元の生活に戻れたみたいだな」
「はい。本当にありがとうございました」
「こちらこそ。それにしても、なんだか夢いっぱいの空間だね、ここは」

そう言って、ぐるりと辺りを見渡す。
クマやパンダ、コアラにカンガルー、色々な動物を画用紙で作って飾ってある。

絵本の紹介や、子育て情報、他にも子ども達の目を引くような飾りで溢れていた。

カーペットエリアでは、お母さんが子どもを膝の上に座らせ、優しく絵本を読んでいる。

「へえ、あんなに小さな子どもでも、ちゃんと本を読むんだね」
「ええ。もちろん最初は興味がなくて、本をポイッと投げちゃう子もいますけど、根気良く色んな本を読んでいるうちに少しずつ耳を傾けてくれます。一度本が好きになれば、乱暴に扱うこともなくなりますよ」
「そうなんだね。この間、救急で運ばれて来たお子さんを小児科に引き継いでもらったんだけど、入院が長引いて退屈してるんだ。ずっとゲームをやってて、仕方ないのかなって思ってたんだけど」
「まあ、ゲームはみんな好きですよね。その気持ちも分かります。でも一日のうちのほんの少しでも、絵本に触れてくれたら嬉しいな」

そこまで言って、菜乃花はふと気になった。

「宮瀬さんの病院は、図書コーナーあるんですか?」
「ああ。大人向けの図書室と、小児科病棟に絵本のコーナーがあるよ。でも絵本は古いし少ないし、みんなひと通り目を通したら寄りつかなくなっちゃうのが現状かな」
「そうなんですね…」

うーん、と少し考えてから、菜乃花は顔を上げた。

「宮瀬さん。もし良かったら、図書ボランティアをさせて頂けませんか?」
「え?図書ボランティア?」
「はい。私の仕事が休みの日に伺って、一度絵本のコーナーを見せて頂きたいのですが」
「それはもちろん、大歓迎だよ。以前はうちにもボランティアの方が来てくれてたんだけど、やっぱり長く続けてもらうのは難しくて。でも本当にいいの?」
「はい。取り敢えず一度、お手入れだけでもさせてください」
「分かった。小児科病棟にも伝えておくよ。ありがとう!」

詳しいことはまた後日、ということで、二人は連絡先を交換して別れた。