「よかったら、結婚後に新居に来ると良いよ。わたしはナーケイド家を出て、城下町の少しこちら側に家を建てることにしたんだ。そのね、わざわざなんでもかんでも王城から口を出されないように、少しだけ離れたくてね……だから、君とフランシェも気楽に行き来してもらえるとありがたい」

 そう言って、ざっと立ち上がるマールト。

「じゃあ、わたしはこれで。エーリエ、式に出席をよろしく」
「はい。ご招待ありがとうございます!」
「うん。じゃあ、ノエル、また明日」
「ああ」

 マールトは軽く手を振って、さっさとエーリエの家から出て行った。残されたノエルは、茶を一口飲む。

「やっとうるさいやつがいなくなった」
「ふふ、マールト様は賑やか、というわけではないのに、明るいですねぇ……」
「明るい方が良いか?」

 そう尋ねるノエルは、エーリエと視線を合わせない。少しだけ不貞腐れたように目を逸らす。エーリエは、ぱちぱちと瞬きをして

「わたしは、静かな方が好きです」

と小さく微笑んだ。それへ、ノエルは「そうか」と返事をする。彼の耳が赤くなっていることにエーリエは気付いたが、それを指摘はしなかった。

「お茶のおかわりは?」
「ありがとう」

 ノエルのティーカップにとぽとぽと茶を注ぐエーリエ。穏やかで静かな空間に、彼はほっと息をついた。

「エーリエ。剣術大会で得た褒賞があって」
「え……あっ、国王陛下になんとやら、みたいな、お話でしたっけ?」

 聖女がそういうことを言っていたような気がする……と曖昧にエーリエは口にした。

「ああ。そうだ。国王陛下にお願いを一つ、というやつでな。大体はちょっとした身分の格上げだとか、金銭だとか、国宝から何か一つだとか……そういうものを望むことが多いのだが」
「ええ」
「君との結婚を許可してもらった」
「えっ!? えっ……」

 思いもよらない言葉にエーリエは動揺をする。

「けっ、けっこ、けっこん、ですか」

「ああ。君はこの森で生活をしたいだろうから、まあ、どういう形になるのかはわからないが、わたしがユークリッド公爵家を継がなくてよくなるようにしてもらい、また、一応王家の血筋とやらなので、その辺については今後完全に何も言われないように……エーリエ?」

 見れば、すっかりエーリエは混乱をしている様子だった。

「わっ、わたし……わたし、と、ノエル様、が、ですか?」
「うん」

 ノエルは立ち上がり、エーリエの横で膝をついた。彼がそうやって膝をつくのは二度目。エーリエはどうしたら良いのかわからず、また、彼が何を言うのだろうかとどきどきして身を竦める。

「勿論、それはまた先の話になるだろう。わたしがこの森に共に住んでも良いし、マールトのように城下町の端に家を建ててもいい。何にせよ、ユークリッド公爵家から出ることは確かになるのでな。まだ、時間がかかる話だ。だが、それはともかく」
「はっ、はい……」
「君がわたしと共に生きたいと思ってくれることを願っている。そして、本当にそう思ってくれるなら、これを受け取ってくれないか」

 ノエルはポケットから小箱を取り出して開けた。そこには、滑らかな布が内張りしてあり、その中央には銀色のリングが輝いている。さすがのエーリエもその意味に気付いたようで、驚きで息を呑んだ。

「ノエル様」
「どうだろうか」

 エーリエはノエルを見た。いつも静かで冷静な彼の頬が、紅潮している。それを見た彼女もまた、胸がどきどきと高鳴って、体がじんわりと熱くなっていくことに気付いた。