「聖女様、魔女殿、失礼いたします」
「まあ、この方が魔女様なのですね。聖女様、魔女様、息子を救ってくださってありがとうございます」
「あっ、あ、の、いえ、お力になれて、良かったです……」

 上品な2人に何を言えば良いのかわからず、エーリエはなんとかそれだけの言葉を絞り出した。それに、2人の服装は圧倒的な「貴族」のものだ。つい先ほどまでは、隣にいる聖女と話しているだけでよくわからなかった――聖女の衣類は神官服のようなものだったので――が、こんな近くで貴族の格好を見れば萎縮もしてしまう。エーリエはがたがたと震え出して、必死にその震えを止めようとした。

(ああ、ああ、震えを止める魔法、震えを止める魔法。いえ、いえ、そんなものはどこにも書いてありませんでした……! これは、わたしが自分で作りだすしかありません!)

 そんなことは出来ないのだが、エーリエは心の中でそう思った。震えを止められなくとも、何か。そうだ、体を硬直させる魔法を唱えれば。いや、そんなものは知らない……そんなことをあてどもなく考えていると、突然場内に声が大きく響いた。

「第52回剣術大会、あと5分で開催いたします。5分後、開幕のご挨拶を陛下よりいただきます。5分後、開幕のご挨拶を陛下よりいただきます。それまでに、座席に座って待機をするように」
「まあ。風魔法の使い手がいるのですね」

 エーリエは目を大きく開いた。その案内は、風魔法を応用して声を拡声していると気付いたからだ。その言葉を聞いて、聖女は「あっ、これは風魔法なんですか?」と驚く。それへ、聖女の隣に座ったユークリッド公爵が説明をする。

「ああ。そうです。風魔法の使い手を5人ほど配置しているようですね。陛下のところに1人、場内案内に1人、それから剣術の審判のところに2人、そして控えに1人という感じかな。場内案内の者は、会場の外にも響かせることが出来る、上級魔導士でしょう」
「まあ。そこまで拡声するお力がおありなんですねぇ……」

 エーリエは少し興奮した。自分以外の魔法を使う者は、先代の魔女しから知らないからだ。よく見れば、場内の足場を整えるため、土を均すのにも土魔法を使う者がいるようだった。

「まあ、まあ。乾いた土をきちんと綺麗に均して。埃も立てないように、風魔法で押しつぶしているのね」
「ええっ、そうなんですか!?」

 驚きの声をあげる聖女。エーリエは頷いて、土魔法を使う者たちが何をしているのかを楽しそうに見つめた。その様子を、ユークリッド公爵夫妻はにこやかに眺めている。

「静粛に! 静粛に! 国王陛下より、開催のお言葉をいただきます! 静粛に!」

 その場内案内が響き渡り、広い会場を埋める人々はみな唇を引き結んだ。特に、少し金を持っているぐらいの平民は、大変だ。普段、直接国王の声を聞くことなぞはない。会場内は、いささか緊張の空気が流れる。

「今年も剣術大会を開催出来ることが出来たこと、とても嬉しく思う。日々の鍛錬の成果を存分に発揮し、互いに切磋琢磨し、場を盛り上げて欲しい。また、開催にあたって協力をしてくれたすべての者たちに感謝を」

 国王の低い声が会場に響く。最後に「では、開催をする!」と宣言をすれば、わあっと人々が拍手を送り、同時に開催の角笛が鳴り響いた。