空色レモネードの愛し君へ
〜大好きだから、18歳になるまで婚約を破棄します〜



(プロローグ)


◯陸上競技場・観客席


寧々(わたしには婚約者がいる)


 青々とした空の下、余裕のゴールを決め、電光掲示板に映ったタイムを目にしてガッツポーズをする康長に目を向け、寧々は頬を染める。


寧々(幼いときからずっと決められていた相手)


 どっと湧くようにまわりから声が上がり、康長を称える声がより一層強くなる。


 同じ学校の生徒だけではなく、老若男女さまざまな人が彼の名前を読んでいる。


寧々(彼はわたしのものだ)


 表情は相変わらずぶっきらぼうなものだけど、康長が喜んでいるのはわかる。

 自信に満ちたその姿に寧々は表情を曇らせ、ぐっとこぶしを握る。


寧々(この忌々しい呪いが解けない限り)


(彼は、わたしのものなのだ)


(プロローグ終了)







◯陸上競技場・観客席


 ぼんやり他の競技を眺める寧々。


寧々(すごいな。いっつも有言実行しちゃうんだもん)


 決勝の時間までまだ時間はあるが、油断することがない限り、勝者は康長で間違いないだろう。

 すでに自己新記録であり、本日の最高記録は更新していた。

 絶対この試合も勝つ!と練習に励んでいた康長は、彼の願った通りの結果を掴んだ。


寧々(すごいな。どんどん先に進んじゃうんだもん)


 彼の努力を知っている寧々。

 それでもどんどん離れていくふたりの距離にため息を付いた。


康長「寧々!」

寧々「え!」


 聞こえるはずのない声に思わず顔を上げる寧々。

 目の前に、さきほどまでトラックで自己新記録更新を仲間たちと喜び合っていたはずの康長がそこにいた。


寧々「あっ、えっ……(しまった……)」


 ざわつく周囲を横目にうろたえる寧々。

 今日は誰にも言わず、こっそり観戦にきていた。


康長「来てたのか」

寧々「うん」


 ジャージを羽織った康長は眉間にシワを寄せ、寧々を見下ろす。

 慌てて上がってきたのか、少し息があがっているように見える。



寧々「や、康くんこそ、どうして……」



寧々(みんなに囲まれていたのに)



康長「下から寧々が見えたから」

寧々「え、本当?」



寧々(わたしって、そんなに目立っているの?)



康長「真っ赤」

寧々「えっ?」

康長「それに、熱いし」


 動揺する寧々とは裏腹に、全く意識していない様子の康長は寧々の頬に手を添える。


康長「寧々、なんでこんなところにきた」

寧々「こ、こんなところって、康くんの大切な試合じゃない」







 うろたえて振り払う寧々。















康長「こんな炎天下にいて倒れたらどうするんだ」



寧々「ちゃ、ちゃんと暑さ対策はしてるよ! 日傘だって持ってるから」


 ほら、と閉じていた日傘を白々しく見せる寧々に康長は言葉につまり、困惑した表紙を見せる

 口数が多い方ではない康長は、このあとなんというべきか考えているよう見える。

寧々(ほらはじまった。康くんの過保護)

 いつも寧々に過保護の康長。

 喘息持ちで体力がない寧々が何度も迷惑をかけてしまっているのは事実だが、いつも心配されているため対等でない関係に不満がたまる寧々。

寧々(それに……)


 思いかけた時、まわりの視線で我に返る寧々。
 康長はジャージのポケットに手を突っ込んで何かを探す素振りをし、眉を寄せる。

寧々(………)

 そんな康長を寧々はじっと見つめる。
 一気に集める周りの視線を康長は気にしてはいない。
 それでもいたたまれない気持ちになる寧々は諦めたように瞳を閉じる。



寧々「あ、安心して。もう帰るから」
康長「……どうやってきたんだ?」
寧々「電車よ。だから大丈夫」
 言いながら徐々にむすっとしながら頬を膨らませる寧々。

寧々(決勝まで見たかったのに)

康長「わかった。駅まで送る」



寧々「え? 冗談でしょ。今からも試合がある人が、何言ってんのよ」



康長「寧々を送ったらすぐに戻る」


寧々「ば、バカ言わないで! そんな、わたしのせいで康くんの試合に影響したなんてことがあったらわたし……」

康長「寧々の方が大事だ」


 真剣な顔でじっと寧々を見つめる康長。
 揺るぎないその様子はなにかおかしなことでも言っているか!?と言わんばかりだ。
 この表情のときは何を言っても変わらないとわかっている寧々はぐっと言葉をのみ、瞳を伏せる。





寧々(この幼なじみ兼婚約者は、わたしのことになるとまわりが見えなくなる)

(たとえそれがそんがどれだけ大切にしていたものでも)

 寧々たちの頭上には美しい青空が広がる。

(彼は簡単に捨ててしまうことができる)

(彼に背負わせた大きな十字架が消えない限りは)





寧々「そ、それに……」

 勢いをつけて必死でことばを発する寧々。

寧々「まわりの人に誤解されたくない。」

 ちらっと周りに目をやる。

寧々「そういう約束でしょ」

寧々(康くんの好きな人にだって……)

 康長も明らかにむっとした表情を見せ、気まずい空気が流れる。

 慌てて瞳を逸らす寧々。

 少しの間が空き、康が口を開きかけた時、後ろから声がする。


暁「ヤス、お疲れさま~」

 後ろから康長の親友のひとり、殿村暁が現れる。

 康長と同じくらい背が高く。
 彼もまたまわりの視線を集めながらさわやかな笑顔を浮かべ、颯爽と近づいてくる暁。
 さらっと靡くやわらかそうな髪と甘く整った容姿は見る者みんなを釘付けにする。
 その様子はまるで王子さまだ。

寧々(うわー、相変わらずキラキラしてる……)


暁「おっ、寧々も来てたんだ? 来てたなら言ってくれたらよかったのに」


 昔から康長と一緒にいた暁も寧々には優しく接する。

寧々「あ、あっちゃん……」

 破壊力の強い眩しい笑みを浮かべる暁

康長「今日は舞子と一緒か?」

 さり気なく発せられた言葉にぐっと胸が痛む寧々。

暁「いや、健太だよ。あっちに……」
康長「そうか」

 指を指す暁に対し、一瞬、康長の顔に安堵の色が浮かんだように見えた。

康長「暁、助かった」
暁「ん?」

 寧々は不審な顔をする。

康長「寧々を駅まで送ってやってほしい」

 予想通りの言葉に、目の前が真っ暗になるのを感じる寧々は途方に暮れる。
 そんなふたりを目にして、やれやれという表情を浮かべた暁。

 背景には青い空が流れる。




◯駅に向かうまでの道中
 青空に広がる田舎道

寧々「あっちゃん、ごめんね」

 終始笑顔を絶やすことなく話し続けていた暁は神妙な面持ちの寧々に穏やかな表情を見せる。

暁「なんのこと?」

 わかっていてはぐらかす。

寧々「あっちゃんにまで、こうして迷惑をかけて……」
暁「康長の頼みは絶対だから」
寧々「そ、そうだけど……」

(回送)

小学生時代の暁『康長はなんでもひとりでできちゃうから』

 暁を見つめる寧々。

暁『すごく誇らしいことだけど、さみしいからさ』

(回送終了)

 かつて暁が話していた言葉を思い出す寧々。

 暁のいうとおり、なんでもひとりでこなしてしまう康長。
 表情に出さないため、わかりづらいい康長。

 いつもの無愛想な表情の康長の姿を想像する寧々。

 想像の康長は笑うことをせず、ふいっと向こうを向いてしまう。

暁「あいつが頼ってきたときは絶対に叶えたいんだ」
寧々「うん」

 表情を曇らせ、うなづく寧々。

暁「ヤスは寧々が大切で大切で仕方がないから」

 笑う暁に顔を上げる寧々。

暁「窮屈かもしれないけど、許してやってね」

 寧々、頬を染めてこくっとうなづく。