ふと、バードランド皇子の隣で、何も言葉を発しないお兄様が気になった。
 いつもなら、バードランド皇子がいても会話に参加するというのに。何故だろう、と視線を向けると、バードランド皇子も気づいたようだった。

「エルバート、どうした? 私ほどではないが、お前も辺境伯夫人に会うのは久しぶりなのだろう?」
「あ、あぁ」
「お兄様?」

 バードランド皇子の言葉に戸惑う姿を見て、私も追従するように問いかける。すると、頭の後ろに手を乗せて、視線まで逸された。

 ますます怪しい。何か隠し事をしているかと、疑ってしまうほどに。しかしそれが杞憂に終わってしまうのは、何ともお兄様らしいことだった。

「メイベルが母親になるのが、不思議で仕方がないんだ」
「と、言われましても……」

 お医者様がそう言うんだから、このお腹には子どもがいるのだろう。まだ膨らんでもいないから、私も実感はないけれど。

 さらにお兄様の中では、私はいつまでも経っても妹のままなのかもしれない。
 だからこそ、余計に不思議なのだろう。半年以上経っているとはいえ、嫁いで間もないのだ。無理もない。

 加えていうと、お兄様はまだ結婚していないのだ。

「羨ましいのなら、さっさとプロポーズすればいいだろう」
「待っていると思いますよ」

 そう、お兄様には素敵な婚約者がいる。
 初恋を拗らせた挙げ句、私たち弟妹を溺愛していたがために、相手にされず。それでも二年前にようやく婚約まで漕ぎ着けた、愛らしい婚約者が。同性でも、可愛がりたくなるほどの女性である。

 だからこそ私とバードランド皇子は、お兄様がどれだけ相手の方を好きなのか、を知っていた。

 私という妹が嫁いだのだ。それもお兄様を差し置いて。だから少しは焦るかと思ったんだけど……どうやら進展はなかったらしい。

 このヘタレめ!

「だけど、今プロポーズをすると、メイベルは身重で結婚式に出席することになってしまうだろ? もし、何かあったら……」
「問題はありません。挙式には、ブレイズ公爵邸の皆が協力するんですよ。誰を疑うのですか? 仮に来客だと仰るのなら大丈夫です。お母様やアリスター様が目を光らせてくれると思いますから。それでも信用できませんか?」
「そういうわけじゃ――……」
「同じことです。お兄様、結婚式は祝いの場。この子にも祝福を分けてくださいませんか?」

 ベルリカーク帝国唯一の公爵家。それも次期公爵となるお兄様の結婚式だ。たくさんの人に祝ってもらえるし、教会も遠慮なく出席できるだろう。
 何せ、皇帝と皇后も参席するのだから。

「なるほど。姪のためなら……頑張るか」
「……まだ女の子とは決まっていませんし、頑張るところが違います」
「相変わらず重症だな、エルバートは」

 私はバードランド皇子の言葉に、大いに同意した。


 ***


 妊娠が発覚してからというものの、祝いに訪れる者が後を絶たないという。
 そのほとんどが、お母様のところで閉め出されているため、私は誰が来たのか自体、知らされていなかった。

 ただし、贈り物は届けられるため、私は感謝の手紙を書くのに忙しい日々を送っていた。何せ、誰が何を贈ってきたのか、その一つ一つを確認する必要があったからだ。

 普段ならメイドたちがするのだが、量が量だけに、お母様から「これも軽い運動だと思って」と投げ出されてしまったのだ。
 そもそも、これは私とアリスター様に届いたものだから、拒否も否定もできない。

 アリスター様とサミーの協力のもと、何とかお返事を書けているのが関の山だった。お陰で私の部屋は、まるでショッピングで散財してきたような光景が広がっている。

 そんな乱雑とした部屋の中を、いつもより忙しく動くアリスター様とサミー。

「どうしたんですか? 箱を持って」

 今日も私の部屋にいるアリスター様が、何故か置いてあった箱を部屋の外へ運ぼうとしていたのだ。サミーもその近くで同じように箱を持っている。

「いくら贈り物でも、来客に見せられるほど綺麗に積んでいないからな。見栄えがよくなるように隣の部屋に移動させているんだ」
「お客様がいらっしゃるんですか? しかもそこまでする必要があるなんて……」

 一体、誰なのかしら? と首を傾けると、別の声が部屋の外から聞こえてきた。

「気を遣わなくてもいい、とわざわざ前触れで言ったのに。エヴァレット辺境伯、悪いわね」

 バードランド皇子と同じ赤い髪をした女性。さらに後方には、皇族の証である金色の瞳をした男性が、部屋に入ってきた。

「こ、皇后様と皇帝陛下!」

 私は驚きのあまり、急いで立ち上がり、カーテシーをとった。すると、慌てる御三方。
 皇后に至っては、私の体に触れて椅子に座るように促された。これだけでもお母様の圧力を感じる。恐ろしいほどに。

「今日は私的にやって来たのだ。畏まらないでくれ」
「そうよ。身重なのだから、無理をしてはいけないわ」
「ありがとうございます」

 すぐさま用意された椅子に座る皇帝と皇后。その優しさに冷や汗が垂れる。

 一体、何をしに来たんだろう。祝いの品はバードランド皇子がやって来た翌日には届いている。
 思い当たる節は一つしかない。そう、シオドーラのことだ。