「カ、カーティス様!?」

 目の前で跪かれたばかりか、手まで取られる。

「何か、気分を害することをしただろうか」
「えっ! あっ、いえ、違うんです。ただ……」
「ただ?」

 言葉を濁しても、カーティス様は手を緩めてはくれなかった。

「……またも自分の力で解決できなかったのが、悔しくて」
「っ! それは済まない! ルフィナ嬢に対する扱いに許せなくて……」
「逆にシュッセル公子が、紳士的な振る舞いをしても良かったんですか?」

 意地悪な質問をした自覚はある。けれど、止められなかった。

「それは違う」
「さらに私の気持ちがシュッセル公子に向かっても、良かったと?」
「断じて違う! 俺も悔しかったんだ。街中で歩く二人の姿や、王城でもそれ以外でも聞こえてくる、二人の噂が……」
「相談しなかったことも?」
「それは二の次だな」

 二の次? という言葉の代わりに、私は首を傾けた。

「ルフィナ嬢の婚約者という肩書を盗られたのが悔しかったんだ。自惚れだと分かっていても、ルフィナ嬢の気持ちは俺に向いていたから、余計にな」
「自惚れではありません。正直、舞踏会の会場で会えたことは、嬉しかったですから」
「それは良かった。少しでもルフィナ嬢の名誉と……牽制をしたかったんだ。もう他の誰にも取られたくないからな」
「だ、だからって、人前で……その……」

 状況を整理していく内に、カーティス様が現れた後の出来事を思い出した。

 キスをするのはあんまりだ、という言葉が言えずにいると、手を少しだけ持ち上げられる。次の瞬間、何をするのか理解していたが、それよりも先にカーティス様の唇が触れた。

「人前でなければ、牽制にならないだろう。猫たちも堂々としているじゃないか。こんな風に擦り合って」

 そう言いながら、今度は私の手に頬擦りする。カーティス様らしくないその姿に、私もどうしていいのか分からなかった。

「ルフィナ・マクギニス嬢。改めて言わせてほしい。好きだ。俺と結婚してもらえないだろうか」

 私の手を両手で包み、真剣な眼差しで見つめるカーティス様。その青い瞳に期待はない。あるのは、不安だ。
 そう、今の私と同じ感情が、カーティス様の顔に現れていた。

「私もカーティス様が好きです。でも、私は色々と面倒な女ですよ。先ほどもあったように、カーティス様よりも猫を優先してしまいますから」
「構わない。が、できれば一言、相談してほしい。今回のように、協力した方がいい案件もあると思う。無論、反対はしないから安心してくれ」
「ありがとうございます。それから……ピナの存在も邪険にしませんか?」

 すでに一度会っているから、敢えて説明せずに聞いた。

「勿論だ。実はラリマーを通して、何度か話をさせてもらっている」
「えっ! いつの間に。ではなく、いつからですか?」

 そんなの聞いていない! ピナが私に隠し事をしていたってこと? 信じられない!

「ルフィナ嬢。ピナ……君を怒らないでやってほしい。恐らく、秘密にしていたわけではないだろうから」
「どういうことですか?」
「連絡があったのは、一週間前。マクギニス伯爵に会いに行った後だった。傷心した声で、言っていたよ。ルフィナ嬢を責めないでほしい、と。嫌わないで、ともな」
「っ! 婚約してから、ずっと抱いていた感情でした。だから、ピナが……」

 私の代わりに伝えてくれたんだわ。

「ピナ君にも言ったが、俺がルフィナ嬢を嫌うことはあり得ない。今日はそれを実感してもらえたと思うんだが」

 思わず、肩に掛けられたカーティス様の上着を手繰り寄せた。舞踏会で抱き締められて、それから唇にキスを――……。

 上着を掴んでいた手を口元へ持って行った瞬間、カーティス様の顔が目の前に迫っていた。

「ルフィナ嬢。そろそろハッキリした返事が聞きたい」

 その手さえも掴まれる。

「勿論、はいです。それ以外の答えは――……」

 あり得ませんわ、という言葉は、言わせてもらえなかった。一瞬だった、舞踏会でのキスとは違い、それは長くて、深いキスだった。
 時折離れては、私の反応を(うかが)い、再び角度を変えてキスをする。その余裕のある姿に、六歳も差があることを実感させられた。

「っ!」

 気がつくと、座っていたはずのソファーに横になっていた。私を見下ろすカーティス様。
 いくら恋愛に疎い私でも、この体勢がどういうことを意味するのかは理解している。でも……!

「そんなに怯えないでくれ。今はするつもりはない」
「……すみません」
「こんなことをしておいて、説得力はないと思うが、ルフィナ嬢がいいと言うまではしない。俺が我慢強いのは知っているだろう」
「……はい」

 何だか、そうさせてしまっているのが申し訳ない気持ちになった。すると突然、カーティス様が姿勢を下げた。
 しかも顔が胸元へ。私は必死に声を出さないように努めた。

 次の瞬間、ドレスに覆われていない胸と鎖骨の間に、カーティス様の唇が当たった。

「んっ」

 強く吸われて、思わず声が漏れる。その途端、カーティス様と目が合った。
 驚いている私とは裏腹に、カーティス様は意地悪な子供のように、口角を上げている。

「でも、これくらいは許してほしい。このドレスを着たルフィナ嬢を見て、俺がどれだけハラハラしたか」
「えっ。何か問題でも?」

 そういえば舞踏会の時、外でもないのに上着をかけられた。

「あまり露出の多いドレスは控えてくれ。特に胸元を強調するドレスは」
「……言うほど大きくないですよ」
「それは関係ない。他の連中に見られるのが嫌なんだ」
「あっ、だから仮面舞踏会の時のドレスには、ケープが?」

 今更、その真意に気がついた。というよりも、思った以上に独占欲が強いんですね、カーティス様は。

「そうだ。ルフィナ嬢よりも俺の方が面倒だとは思う。だが、今更嫌だと言っても手放すつもりはないからな」

 覚悟しておけ、と顔の近くで囁かれ、再び私の唇に口付けた。

 その後、伯爵邸に帰った私が自室で、声にならないほど驚いて、ピナに心配されたのは言うまでもない。