鏡と前世と夜桜の恋


言葉でうまく抱いてやれない… ただ、雪美が笑顔と健康でそばに居てくれればいい、そう思うにしていた。

機嫌の悪い雪美は俯き、小さな声で問う。

「…川下り、行くの…?」

「え?今から?最後の船なら間に合うかな… 行きたいのか?」

咲夜の言い方に、雪美の胸で何かがぷつりと切れた。


「もういい!ばか!」

雪美が駆け出した瞬間、胸に浮かんだのは大好きだった鈴香だった。

-- あの日感じた喪失感。

だからこそ同じように、もし咲夜を誰かに取られるのが恐ろしい。咲夜が他の誰かと笑うだけで心臓が軋む。自分でも、どうしてこんなにも脆くなってしまったのか分からなかった。


走り去る雪美の背中はまるで目の前で消えてしまいそうなほど華奢で… 咲夜は焦り後を追った。

-- 家に逃げ帰り部屋にこもった雪美の元へ母が来た。

「咲夜さんいらしたわよ?」

「…会いたくないって伝えて」

だが、遅かった。

「会いたくないとは何故だ」

その声に雪美は跳ねるように振り返る。


咲夜が部屋へ入り、真正面から雪美を見つめると泣きそうな、抱きしめたら壊れてしまいそうほど震える体…

「… 何を怒っている」

「あの子と川下りに行くのでしょ?」

「…は?」

そこでようやく事情を飲み込んだ。

雪美が改めて経緯を説明すると、咲夜は少し呆れたように息をついた。



「俺は… 川下りは、ゆきか1人でしか行かん!」

胸の奥で何かが解けたその瞬間、雪美は咲夜にしがみついていた。細い腕で必死に。まるで奪われたくない、と言っているみたいに…

その震えに咲夜の心臓が痛んだ、誰より好きなのにどうしてこんなにも不安を抱かせてしまうのか。

「… 私だけ?」

「ゆき… ここがゆきの家でなければ俺は犬になっていたぞ」

「犬?」

雪美が首を傾げたので、軽く押し倒してみせる。本気ではなく、ただ “ 奪われたりしない ” と伝えたくて。

「… こういう事」

自分でも顔が熱いのが分かった。

雪美と距離を取らないと俺はこのまま何をしでかすか分からない。


「さ、さく… // 」

咲夜はこれ以上距離を詰めるでもなく、身を離し着崩れた着物を直しながら言った。

「か、帰る、また明日迎えに来るから川下りに行こう」

お互いの心臓の音が微かに聞こえる

「… う、うん//」

そのまま逃げるように帰っていく咲夜を雪美は腰の力が抜けたまま見送った。