鏡と前世と夜桜の恋

季節がまたひとつ巡り、春



町の風もやわらかくなったころ。雪美は咲夜の家へと向かう道を、ひとり歩いていた。

胸の奥には、ふいに押し寄せる不安がいつも小さく波のようにゆれている… 鈴香を失って以来、咲夜がふっと自分から離れていく瞬間を恐れるようになった。

「ゆーきちゃん♡」


甲高い声に呼び止められ、振り向くと若い女がこちらへ手を振っていた。雪美は警戒心を隠さず目を細めた。

「…なんでしょうか」

「咲夜がね、今度川下りに行こうって言うの!」

嬉しそうに言う女の笑顔が妙に胸をざわつかせる。

この子は… 時期迫る咲夜の縁談を密かに狙い、咲夜に付き纏う女。


おゆりは私が1番可愛いと自分で思い込み、咲夜に全く相手にされてなくとも、咲夜に被せてわざと周りにマウントを見せつける… 自分に恋仲の男が居たとしても咲夜は特別。

あわよくば咲夜と付き合えるかもしれないと、密かに願い誰に対しても " 私と咲夜は特別な関係 " だと匂わせるのが大好きな女。


「…そう」

そう返したものの
心では別の声が響いていた。

(咲夜が他の女の子と川下り?そんな話聞いてない。そんなはず…そんなはず、ない… )

雪美の足は不安から自然と速まり咲夜の家に駆け込むと、顔を出した蓮稀と咲夜の母上がゆったりと笑い出迎えてくれた。

「あらゆきちゃん、こんにちは。咲夜ならまた塩焼き屋にでも行ってるんじゃないかしら?」

雪美は母の声に背を押されるように、政条家を後にした。