鏡と前世と夜桜の恋



蓮稀がゆっくりと手を伸ばす。

「… 雪美、俺達が悪かった。だから… 泣くな」

その手は震えていて決して強引には触れない、咲夜もそっと雪美の横にしゃがみ込む。

2人の声に包まれ雪美の涙は更に零れ落ちた。泣き疲れて身体が揺れ、雪美は2人から逃げずただずっと泣き続けた。


呼び出され呼ばれた名におすずはゆっくり顔を上げた。艶やかな唇に浮かべる笑みはいつものように柔らかい… けれどどこか歪だ。

「蓮稀様、やっと来たねえ〜」

「… 鈴香を返せ」

蓮稀はそれだけ言った。

蓮稀の声は、まるで骨の中まで凍りつくよう… おすずは頬に手を添えて愉しげに笑う。


「返せ?よく言うねえ。あの小娘をどこにもやりゃしない。蓮稀様が “ 望んだ ” 牢の中で可愛がりながら生かしてあげてたのに… 私達が愛し合う写真を見せたらあのザマさ」

蓮稀の手が震える。 “ 望んだ ” その言葉は彼の心の奥へ鋭く突き刺さった。蓮稀は一歩、畳を軋ませておすずに近づく。


「違う!!俺は… 鈴香が、ただ幸せでいてくれたらそれでよかった」

「それは違うね」

おすずは立ち上がり蓮稀の喉元へ指先を滑らせる。

「蓮稀様はあの娘を愛した《フリをしただけ》。心に蓋をして本当は現実から逃げたかったんだろう?だから私が “ 閉じ込めてあげた ” 蓮稀様の代わりにねえ〜」


蓮稀の呼吸が止まる。否定したい
だが心臓が答えを知っている。

押し込めてきた感情が胸の奥で裂けていく。

「… お前が勝手にしたことだ」

「いいえ蓮稀様」

おすずは蓮稀の頬へ指を滑らせ囁く

「蓮稀様は言わなかっただけ。縁談の相手は正直誰でも良かった。愛する小娘は弟の物だからねえ〜」


「本心では " 自分が " と心の中では叫び続けていたから私が排除してあげた。感謝して貰いたいくらいだね」

蓮稀の瞳が揺れ、狂気の光と自責の影が交錯する… その瞬間だった。

静かに、確かに
蓮稀の中で何かが崩れた。

「…そうか。ならもうお前に遠慮はいらぬな」

顔を上げた蓮稀はまるで別人


温度がない。けれど、涙にも似た光がかすかに滲んでいる。

「鈴香を返せ、それだけでいい」

「返したら蓮稀様はどうするんだい?」

蓮稀は微かに笑った。壊れる寸前の細い笑み。

「… 俺が全て償う。鈴香の人生を奪った分、全部。俺が、俺の全部で返す」

蓮稀の言葉を聞きニヤリと笑うおすず


「いいだろう、返して欲しけりゃ蓮稀様は私の犬になるんだね、私を満足させられたらあの小娘は返してやる」

静寂が落ちる。その沈黙こそ蓮稀の狂気と慈しみの境界で揺れ動く危うい均衡だった。

蓮稀の精神状態は " 無 " に近かく

この化け物は俺の見た目を、俺の体を欲しがっている… それならば…


「… わかった」

蓮稀は一言、おすずに告げる。

冷淡な蓮稀に対しおすずは大喜び

やっと、やっと手に入れた
" この綺麗な生き物が私の物… "

政条の兄をようやく手に入れた

蓮稀はおすずからの命令を黙って受け入れ、鈴香が亡くなってからも鈴香の体を返して貰う為、おすずの屋敷に通い続けた。