蓮稀は静かに続けた。
「俺は咲夜の代わりにはなれない」
「……。」
「咲夜を忘れる必要もない」
蓮稀の目にも涙が浮かんでいた。
「咲夜を愛したままでいい、咲夜を想って泣いてもいい。その全部を、俺が引き受ける」
雪美が顔を上げる。
「咲夜の分まで… お前を幸せにする」
蓮稀は深く頭を下げた。
「これからの余生… 俺と一緒に歩んではくださらぬか」
雪美の唇から、震える声が漏れた。
「… さく… 」
その瞬間、蓮稀は雪美にそっと口づけた。
けれど雪美はすぐに離れた。
「… だめ…!!」
涙が頬を伝う。
「さくが… 」
蓮稀は悲しそうに雪美を見つめ、雪美はしおりを更に握り締めた。
「少し… 考えさせて… 気持ちが… 追いつかないの… 」
蓮稀は静かに頷いた。
「分かった」
そして、雪美の髪を優しく撫でる。
「ずっと待つよ」
「… 蓮稀… 」
「ずっとそばにいる、だから俺を咲夜だと思って好きになれ」
穏やかに微笑む。
「雪美が、咲夜じゃなく俺を好きになってくれるまで… 」
雪美は答えなかった。
ただ、涙を流しながらしおりを胸に抱いた。
――あの夜。
夢で笑っていたさくは、もういない。
明日も会えると思っていた。
また笑えると思っていた。
そんな " 当たり前 " は、もう戻ってこない。
それでも。
咲夜が最後まで愛した雪美の命を、今度は蓮稀が守ろうとしていた。
咲夜を忘れさせるためでも、咲夜の代わりになるためでもない。
雪美が咲夜を愛した、その心ごと抱えて生きていくために… 蓮稀は雪美のそばに残ることを選んだ。
たとえその先に、自分が愛される保証がなくても。
――ただ、待つ。
この方法が正しいのか。
それとも―― 間違っているのか。
蓮稀自身にも分からなかった。
ただひとつだけ確かなことがあった。
自分が何より大切に想っている二人の愛を守りたい、それだけだった。
雪美を見れば胸が痛む。
傷つき、何度も涙を流し、それでも誰かを想うことを諦めなかった女。
そして咲夜。
幼い頃からずっと見てきた、大切な弟… 不器用で、真っ直ぐで、誰よりも雪美を愛している。
二人が互いを想う気持ちを、蓮稀は誰よりも知っていた。
たとえ、自分の心がどれほど雪美を求めていたとしても、もう一度だけ彼女の手を取りたいと思っても…

