その日の夜は空が荒れていた。

遠くで雷が轟き、稲光が障子を一瞬だけ白く照らす… 雨は激しく屋根を叩き庭の石灯籠に雫が打ちつけられていた。
「蓮稀、いるか?」
自室に居ると戸の向こうから咲夜の声がし、暫くすると静かに戸が開く。
「…咲夜か、こんな夜にどうした?」
「少し、話がある」
咲夜は深呼吸をひとつ置き、室の中に通された。畳の上には灯が1つぼんやりと揺れている。
「… ゆきと、会わないでほしい」
静かに決意のこもった声だった。蓮稀は目を細め、短く息を吐く。
「…やはり言うと思ったよ」
自分の気持ちに気付いた蓮稀の声は深く沈んでいた。
「あの時、紹介などしなければよかった」
蓮稀の言葉に咲夜は拳を握りしめた。
「今回は譲れないんだ、ゆきだけは譲れない!!」
蓮稀の表情がわずかに歪む… 眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。
「“ 今回は ”だと?いつもだろ咲夜」
蓮稀の声は低く静かな声だった。
「いつもだ、いつも俺の大切なものを持っていく。人でも物でも… 全部だ。お前にこの気持ちが分かるか?」
雷鳴が重なる。
2人の影が障子に揺れる。やっぱり蓮稀も雪美のことを… 俺の嫁だったのに、これではもう両思いじゃないか。
咲夜は言葉を失いそれ以上何も言わず
ただ深く頭を下げた。
「お前が弟でなければ無理と言えたのに」
咲夜は深く頭を下げたまま、蓮稀は眉間に皺を寄せ眉を顰める。静かに、怒りに満ちながら…
自分の気持ちに気付いたのは最近でほんの些細なことだった。
雪美が咲夜に対して笑顔を向けると胸が痛む、頬を赤く染める雪美の可愛いらしい顔が頭から離れない。
-- ああ、俺は雪美が好きなんだ。
そう気付いた瞬間、世界が音を失った気がした。今まで何気なく隣にいた存在が急に遠く感じ、触れようとすれば壊れてしまいそうで気付かないフリをした。
雪美のことを紹介したのも自分の気持ちに蓋をし、自分を守る為だった。けどそれももう無理だと分かっていた。
譲るとか忘れるとかそんな簡単に切り替えられる想いじゃない。
あんな小娘… どうして好きになってしまったんだろう。そう思うも雪美を好きになった事に後悔はない。
苦しくても報われなくても、雪美を想う気持ちは… 降り積もる雪のように蓮稀にとっては感じた事のない “ 真っ白なもの ”だった。
翌日。
雨は止み重たく湿った風が吹く中、蓮稀は咲夜に言わず雪美のもとを訪ねた。
「わあ、蓮稀だ!」
雪美は変わらない明るい笑顔で蓮稀に駆け寄る… だが、蓮稀の表情はどこか寂しげな様子だった。
「雪美… お前は本当に罪深きおなごだ」
その言葉と同時に蓮稀の唇が雪美の唇に触れた。
一瞬の出来事だった。
これってキス… だよね?赤くなり雪美が驚いて身を引くより早く蓮稀は顔を逸らし冷たい声で言い放った。
「俺に二度と近付くな」
そう言い残し雨上がりの道を去っていった。
「え、あ、蓮稀… 」
雪美は動揺しながらも蓮稀を追いかけようとしたが背後から腕を掴まれた。
「行くな!」
腕を掴んだのは咲夜だった、咲夜は雪美を強く強く抱き締めた。
「行っちゃ嫌だ…ゆき」
雪美は驚き咲夜を見上げる… だが咲夜の瞳には怒りと悲しみが入り混じっていた。
「どうして蓮稀と接吻していた?」
「違うの!突然のことで私も驚いて…でも蓮稀変なこと言って… 」
雪美の言葉の途中、咲夜は怒りに身を任せ両手で雪美の首を締める。
「ゆきは… 俺のだろ…」
その声は低く震え、雪美は苦しそうに咲夜を見つめ " さく… " と、何度も名前を呼んだ。
雪美の声で咲夜ははっと我に返り手を放し、慌てて相手を強く抱きしめた。
「…ごめん。俺どうかしてた」
雪美は息を整えながら " もういいの、大丈夫 " と、咲夜を包み込むように抱き返した。

