鏡と前世と夜桜の恋

-- 夏の陽射しが消える頃

秋を待たず金木犀の香りも知らぬまま、季節は駆け足で過ぎ気付けば冬になっていた。

しんしんと雪の降る昼下がり…

辺り一面が白く包まれた村外れの坂道を雪美は1人駆けていた。吐く息は白く手には小さな白い花の束。




「これ、蓮稀に持って行かなきゃ…」

雪の中から顔を出したその花は、まるですずらんのように首を垂れて咲いていた。冷たい指先で何本も抜き取る度根元の雪がぱらぱらと溢れる。

この花の名は『スノードロップ』

何本か集めると雪美はそのまま走り出した。雪を蹴り白い景色の中に一筋の跡を描く。

政条家にたどり着く頃には頬は真っ赤。


「ゆきちゃん… え、どうしたのそんなに慌てて… 」

呼吸を整えている間、出迎えてくれた政条家の母はせっかく来てくれたのだからと蓮稀を呼び出した。

玄関先では黒い羽織を羽織った蓮稀が壁にもたれながら静かに立つ、頬にかかる髪越しにふっと笑みを浮かべていた。

「蓮稀が風邪ひいたって… 」


雪美は駆け寄り、手にした花束を蓮稀に差し出した。

「… 何故そのことを?」

「さくに聞いたの!心配で… 蓮稀ちゃんと寝てなきゃ駄目じゃない!玄関に呼ばせたのは私だけど… これね、雪の雫の薬なの!飲めば治るって… 」

花を見て慌てる政条家の母

「待って、ゆきちゃんこれは薬草じゃないわよ!」


蓮稀は雪美が手に持っていた花束を受け取り指先で白い花の茎をそっとなぞる。

「この花は“ まつゆき草 ” と言って毒があるんだよ」

「ど、毒っ!?」

雪美の目がまん丸になるや否や、花をひったくるように奪い取って、そのまま玄関を飛び出した。

「え、やだ。ダメ!!!毒あるならダメ!!!」

そして近くの川へ駆け寄り勢いよく花を放る… 白い花びらが流れの上で回りながら遠ざかっていった。後ろから蓮稀の笑い声が聞こえる。

「薬草はだいたい草だぞ、花ではない」

「…うるさいっ!」

雪美は頬をふくらませながら懐から小さな巾着を取り出し… 中には紙に包まれた丸い飴玉があった。


「これ!お見舞い!」

花をなかった事にし、にこっと笑って差し出す雪美に蓮稀はまた優しく微笑えんだ。

「ありがとう、雪美」

「ちゃんと安静にだよ、ゆっくり休んで気をつけてね!」

2人は雪の道を並び歩き出す。病人の蓮稀を家まで送った雪美は手をぶんぶん振り鼻歌を歌いながら帰って行った。


雪美が帰った後…

玄関先に残された蓮稀はしばし笑みを残したまま、静かに空を見上げる… 白い雪がゆるやかに降り積もる。

蓮稀の指先には、雪美が握っていた花のひと枝をこっそり隠し持っていた。

「毒を持つ花ほど、美しいとはよく言うけどね… 」

蓮稀は花を掌に乗せ目を細めた。


花の根元には透明な雫が1つ雪解け水のようにきらめいていた。

蓮稀はそれを軽く指で拭い取り袖口に隠す