鏡と前世と夜桜の恋


「あの日、さくは… 」

ぽつりと零れた言葉は、風にさらわれる。

「どんな気持ちで… 私を待っていてくれたの… 」

胸が締めつけられる。

行きたかった。

何度も走り出そうとした。

けれど、咲夜を守ると覚悟を決めた雪美には、ここへ来る勇気がなかった。

… 今日こそ会えるかもしれない。



涙が頬を伝い川へ落ちた、その時だった。



「… ゆき」

懐かしい声。

何度夢で聞いたかわからない。

忘れられるはずもない、大切な人の声。

雪美の肩は震え、ゆっくりと振り返る。

紺の着物。

少し伸びた黒髪。

痩せた身体。

けれど、その優しい瞳だけは何一つ変わっていなかった。







「… さく… 」

震える声。

男は小さく笑う。

「うん」

その一言だけで十分だった。

雪美の膝から力が抜ける。

「本当に… 」

咲夜は静かに近づき、震える雪美の前で立ち止まる。

「やっと会えた」

その言葉を聞いた瞬間、雪美は堰を切ったように涙を流した。

「ごめんなさい… 」



声にならないほど泣きながら、咲夜の胸へ飛び込む。


「ごめんなさい… 行きたかった… 本当はここに来たかったの… 」

何度も何度も謝る雪美を、咲夜は壊れ物を抱くようにそっと抱きしめた。


「知ってる」



たった四文字。

その言葉だけで、雪美の心を縛っていた鎖が少しずつほどけていく。

「知ってるよ、ゆき」

咲夜は雪美の髪を優しく撫でた。