鏡と前世と夜桜の恋


むしろ執着は日に日に深くなり、雪美への憎悪も膨れ上がっている。

このままでは——。

" ゆきが殺される "

その考えが頭から離れなかった。

陽菜の口から出る " あの子 " という言葉。そのたび脳裏へ浮かぶのは、花壇に散った無数の花… あれは花ではない。

陽菜の頭の中では、雪美のこと。


咲夜は拳を握る。

もう迷っている時間はない…

雪美を守れるのは、自分しかいない。



覚悟を決めた咲夜はその日の夕刻、陽菜の部屋を訪ね、呼吸を整え障子を叩く。

「陽菜」

「… 咲夜さん?」

返事だけは穏やかで陽菜は鏡台の前で櫛を通していた。長い黒髪を梳かしながら、鏡越しに咲夜を見る。


「珍しいわね、私の部屋に咲夜さんから来てくれるなんて❣️」

咲夜は息を吸い込む。

逃げてはいけない。

「… 話がある」

「話し?」



静かだ。

あまりにも静かだった。

「… 俺は、ここから出て行く」

部屋の空気が止まり思わず咲夜は身構える



どんな反応が返って来るのか…

怒鳴るだろう、泣き叫ぶだろう、物を投げるだろう、そう思っていた。

しかし——。

「… わかった」

陽菜の返事はそれだけだった。

櫛を置き、ゆっくり立ち上がる。

「咲夜さんが決めたことなら」

陽菜の声は、穏やかだった。

あまりにも簡単で、穏やかすぎた。



咲夜は思わず眉をひそめる。

「… 本当に、それでいいのか?」

陽菜は小さく頷く。



「また帰ってくるもの」

その言葉は、独り言のように小さかった。

「え?」

「ううん、なーんでもない❣️」

陽菜は自分の腹へほんの一瞬だけそっと手を添えた… 本当に一瞬だけ。


本人ですら無意識だったのかもしれない… だが、その仕草を咲夜は見逃さなかった。

陽菜は柔らかく微笑む。

「きっと、すぐ戻って来るよ」



陽菜の笑顔には焦りも絶望もなく…

咲夜は離れても、必ず戻ってくる。戻らなければならなくなる。そんな未来を、最初から知っているかのような笑みだった。