「さ、咲夜さんが… 今から“〇〇”に向かうから待ってろって…」
場所の名を聞いた瞬間、雪美の胸がきゅっと締め付けられた。そこは蓮稀と雪美にとって特別な思い出の地。幼い頃、何度も遊びに行った2人だけの秘密の場所。
かつては静かな港町の外れにあったその土地は、今はもう昔の面影はない。
敷地のほとんどはヘドロで埋め立てられ、長い年月を経ていつしか一面の草むらとなった。
その地は形を変え今も存在し風車が立ち並び、色とりどりの花が咲き誇る観光客で賑わう華やかな場所…
雪美の心の奥に沈んでいた懐かしい記憶が静かに目を覚ます一方、陽菜は視線を逸らしぎこちなく笑った。
「さ、咲夜さん、待ってるんだから!早く行かないと怒られるわよ!」
その声には、焦りとほんの少し嫉妬が滲んでいた。雪美はそんな陽菜を見つめ、静かに問いかけた。
「… 陽菜さんそれ、本当にさくからの伝言なんですか?」
その問いに陽菜の肩がぴくりと震えた。
風が吹き抜け草の香りが漂う… 遠くで鳥の声がひとつ、2人の間に再び沈黙が落ちた。
どうしてさくがその場所に?
胸の奥で小さな疑問が灯る。蓮稀ならまだ分かる。あの場所は蓮稀と雪美、2人の大切な場所なのに咲夜がそこに行く理由なんて思いつかない。
(陽菜さんの話し… やっぱり信用できない)
陽菜の目は泳いでいて本当に咲夜からの伝言なのかどうも怪しい… けど家を早めに出たおかげでまだ待ち合わせの時間までは余裕がある。
「… 少しだけなら寄ってみてもいいかな」
自分に言い聞かせるように呟いて、雪美は進んでいた道をふと止め、陽菜から聞いた蓮稀との思い出の地へ足を向ける。
川沿いの道を外れ、草むらの多い細道を抜ける。昔は海風が心地よく吹く開けた場所だった。今は少しずつヘドロで埋め立てられ、一面背の高い草が生い茂りどこか寂しげな景色に変わっていた。

足元で草が擦れる音がやけに大きく響く。遠くから潮の匂いが微かに届き、記憶の底で幼い日の笑い声が蘇った。
(蓮稀によくここで遊んで貰ってたっけ)
懐かしさと胸のざわめきが入り混じる、本当に咲夜がここにいるのだろうか。嘘の確率の方が高いけど、確かめずにはいられなかった。
そうして雪美は静かに草をかき分けかつての思い出の場所へと足を踏み入れる…
-- 同時刻。
塩焼きを堪能した咲夜が待ち合わせ場所の広場に到着すると既に蓮稀と鈴香は到着していた。
「… 咲夜、雪美と一緒ではないのか?」
蓮稀が軽く眉をひそめる。
「え、まだ来てない?先に来てると思ってたけど… 」
辺りを見回すが雪美の姿は無く、鈴香も同様不安げに辺りを見渡す。
「もしや雨袮達も連れて来るつもりか?」
そう言いながら時間だけが過ぎていく。10分、20分、30分… 待ち合わせの時刻を過ぎても雪美の姿は一向に現れない。
「蓮稀… 雨袮兄さん達は誘ってから来るにしても、あまりにも遅過ぎない?」
鈴香の声には焦りが滲んでいた。

