-- 政条家の奥座敷は、薄暗かった。
障子越しの光は柔らかく、だがその静けさは、長く続いた昏睡の重さを物語っている。

咲夜が目を覚ましたのは何日目だったか。
誰も正確な日付を口にしなかった。ただ、あの地獄から戻ってきたという事実だけが、そこにあった。
「咲夜様!!!」
「… 雪美は」
掠れた声で最初に零れた名… 水も喉を通さぬうちに咲夜は身体を起こそうとした。
「まだお身体が… 」
押し止めたのは政条家の者達で " 今の咲夜様は… " そう続く言葉を、皆が飲み込んだ。
今の咲夜は奉行所に名を掛けられた重罪人。世間では既に “ 捕らえるべき男 ” として指名手配されている。
ーー それでも。
「会いに行く」
短く、しかし揺るぎなく言い切った。
「俺は、ゆきのところへ行く」
説得は尽くされた。外へ出れば捕縛は免れぬ… 政条家に留まれば命と最低限の生活は繋げられるのに。だが咲夜は首を横に振るだけだった。
「… ゆきが居ないとここに居る意味がない」
布団を跳ねのけ、まだふらつく足で立ち上がる。包帯の下の傷は塞がっていない。それでも心だけが先に歩き出していた。
「… 守ると決めたんだ」
誰に言うでもなく、呟くように。
「… 置いて、待てと言えるほど俺は強くない」
止める人達の手を振り切り、咲夜は屋敷を出た。

