誰が見ても完全に折れた家。反撃の力など残っていないと、そう思わせるには十分だった。
だが、水面下では確かに動いていた。
静かに、音も立てずに…
人の出入りは減ったはずの屋敷の奥。夜更け、灯りを落とした一室で低い声が交わされる。
「… い、いけません、まだ傷口が」
躊躇いを含んだ声。

それに応える声は思いのほか落ち着いていた。
「大丈夫だ… もう、だいぶ回復した」
闇に紛れるその声は弱ってはいるが、確かに生きている… 死者のものではない。
障子の向こう、薬草の匂い。
包帯の擦れる音、抑えきれぬ息遣い。
名は呼ばれない
呼べば、全てが崩れるから。
「で、ですが… 」
「大丈夫だ。今は、まだ “ 死んだまま ” でいい」
その言葉に沈黙が落ちる。
政条家は泣いていた、世間に向けては哀れな親として…
だが屋敷の奥深くでは、生き延びた命は、別の命を想いながら息をする。
失われたはずの命は静かに時を待っていた… 復讐でも名誉でもなくただ守る為に。
遠く離れた牢の奥…
闇の中で苦痛に耐え名を呼び続ける者と、名を呼ばれず身を隠し耐える者… この2人の再会まで交わるべき線は既に静かに引かれていた。
水面は凪いだままその下で、2つの鼓動が、同じ時を刻んでいる。
――気づく者は、まだ誰もいない。

