「何を奪われようと、どれほど傷つけられようと… 私の心まではあなたのものにはならない」
申又は舌打ちをし、荒々しく立ち上がる。
「今宵も閉じ込めておけ、現実を思い知るまでな」
地下牢の戸が閉まり鍵の音が闇に沈んだ。
「……。」
残ったのは音を失った静けさだけ。
雪美は柱に背を預けようやく小さく息を吐く。身体は震えていた。だが、不思議と心は澄んでいた。
痛みは確かにある、失ったものはもう戻らない。
それでも… 咲夜から受け取ったかんざしを、胸元へと引き寄せる。
「… さく、迎えに来て」
それは祈りであると同時に誓いだった。
同じ頃、京へと続く夜道の先で、政条家の母が、理由もなく足を止める… 胸の奥をかすめる言い知れぬ胸騒ぎ。
ふと風が香を運んだ、それは雪美もよく知る匂い。
誰ひとり気付いていなかった、今はまだ。
静かに… だが確かに、小さな光が政条家に向き始めていることを。
「やめて… 触らないで!!」
牢から脱走し、長崎に戻る列車へ向かおうとした雪美はその途中で申又に腕を掴まれ、半ば引きずられるように屋敷へ連れ戻された。戸が閉められた瞬間、逃げ場は消えた。

「なぜ俺の言うことが聞けぬ。お前はもう俺のもの… あやつのことは忘れろと言っているだろう!!」
着物の襟元に伸びる手を雪美は必死に振り払う。
「離して…!!どんな言葉を投げつけられても、私が愛しているのはさくだけです!」
「見せてやっただろう。あやつは俺の母とも出来ている… 陽菜とも婚姻を結ぶ予定だ、今は3人で幸せに暮らしている、いい加減諦めろ!」

