「嫌… 離して… 助けて、さく…」
人波に紛れることも許されぬまま、雪美の腕は強く引かれる。
京の町に降り立ったその瞬間、咲夜との約束だけを胸に抱いていた雪美の前に現れたのは申又だった。
申又は姿を認めるや否や、何のためらいもなく雪美の腕を掴み、引きずるように歩き、家に連れて帰る。

向かう先は京に構えられたおすずの別の屋敷… 隠れ住むための別荘のような場所であった。
「…どうして、貴方が… 」
息を詰めた問いに申又は鼻で笑う。
「決まっている。お前には俺と婚姻を結んでもらう。母も大層喜んでおるぞ」
雪美は首を横に振った。微かに震える声で、はっきり申又に告げる。
「私が生涯を共にすると誓った相手は、さくだけです。どうしても貴方のものになれと言うのなら… 死んだ方がまし… 」
その言葉が申又の癇に障った。
次の瞬間、雪美の髪が乱暴に掴まれ、顔が無理やり引き上げられる。唾が吐き捨てられ、頬を汚した。
「あやつが、京に来るとでも思っているのか?」
「… 約束したんです」
震える声でそれでも雪美は言葉を繋ぐ。
「さくは… さくは… 必ず、私を迎えに来ます。約束があります!!」
「来ぬ」
短く、雪美の願いを断ち切るような声。
雪美はそれ以上は何も言わず顔を逸らした。聞く耳を持たぬ相手にどれだけ言おうと言葉は意味を持たないから。
掴んでいた雪美の髪を乱暴に放したその拍子に、懐から落ちたものが畳に転がる。咲夜から貰ったかんざしだった。
雪美ははっとして身を屈め、慌てて拾い上げ、顔を上げたその刹那——
世界が、白く弾けた。
「……っ」
左の側頭に走る言葉にならぬ激痛。
遅れて、温かいものが頬を伝い落ちる…

