鏡と前世と夜桜の恋


蓮稀は牢に押し込まれ、扉が閉まる音がした、その音は逃げ道を断ち切る音…

蓮稀は縛られ冷えた床に膝をつく。縄の感触がやけに現実的で、嫌になるほどはっきりしている。

(… 来る)

頭では分かっている。これから何が始まるかなど、考えずとも察しがついた… おすずから何度も何度も受けて来た。


自分の心は正直だった。今から受ける恐怖から鼓動が早くなり、喉が乾き、手のひらは汗が滲む。

それでも雪美の顔がふと浮かんだ。

怯えた顔じゃない。外の空気に触れて少しだけ目を細めた、あの時の表情…

もしここで命乞いをすれば雪美を逃がした意味が薄れてしまう… それだけは耐えられない。


蓮稀は小さく息を吐き、目を閉じる… こんな時に思い出すのは、どうでもいいことばかりだ。
 
友と川辺で交わした他愛ない言葉
咲夜と兄弟で語り合った時間
道を踏み外さず育ててくれた両親
雪美が不器用に笑った一瞬の表情

(咲夜…)

あいつならきっと辿り着く。
怒りも、悲しみも、全部抱えて。


気配が近い。おすずの声が低く、楽しげに漏れる。

「準備はいいかい?」

問いかけではなく宣告だ、蓮稀はゆっくりと目を開け真っ直ぐ前を見る。

(…来い)

歯を食いしばり胸の奥で繰り返す。

雪美はもう自由だ。それがある限りまだ負けてはいない、何度も自分に言い聞かせ地獄の時間は始まった。