恐ろしくないと言えば嘘になる。だが、それ以上に雪美がこのまま闇に呑まれることの方が耐えられなかった。
雪美は咲夜にとって光。咲夜は… 自分が決してなれなかった正しい居場所に立つ男だ。
蓮稀は全てを賭ける覚悟を決めた、自分が囮になれば雪美は逃げられる…
(咲夜… 雪美を、頼む)
言葉には出さない
出せばこの覚悟が揺らぐから。
蓮稀はほんの一瞬だけ微かに笑った。それは別れの笑みでも、英雄気取りのものでもない。
もう戻れない場所に足を踏み入れる男の静かな決意だった。
雪美は咲夜の隣で笑っているのが1番似合う… それを知っているからこそ胸が痛む。
雪美の足音が遠ざかるにつれ胸の奥が妙に軽くなっていく。恐怖より先に安堵が来た。
(これでいい)
咲夜と雪美が生きるなら、自分の身など最初から惜しくはなかった。
胸の奥が削られていく… それでも、不思議と後悔はなかった。ただ、ぽっかりと空いた場所がどうしようもなく冷たい。
(… 咲夜なら、雪美を守れる)
自分が守りたかった未来を、あいつに託す。それは負けでも逃げでもない… 最善の道を選んだだけ。蓮稀は背筋を伸ばし、闇の中で静かに目を閉じた。
雪美の足音が完全に消え、牢の奥に静寂が戻ったその時だった。
近付いて来る…
蓮稀は何者かの気配を感じた。
… かつ、かつ。
乾いた下駄の音が闇の向こうから… 追手とは違う。妙にゆっくりで、わざとらしい足取り。
蓮稀は目を細めた。
(来たな… )
灯りが闇を裂く。橙色の火影に浮かび上がったのは、艶やかな着物の裾。そして、唇の端を歪めたおすずだった。
「まあ…残っているのは、あんたかい」

