鏡と前世と夜桜の恋


咲夜は雪美の事に触れようとしない… いや、おすずの目がある以上、触れたくとも触れられなかった。

雪美は躍起になり、政条家の侍女が注いでいた朱塗りの杯に注がれたそれを疑いもせず口にした。甘い果の汁だと思っていたのに… 喉を滑り落ちた瞬間、熱が広がり酒だと気付いた時にはもう遅かった。


人も酒も惜しみなく振る舞われ、場は華やかに沸いていた。その片隅で雪美は次第に足元を覚束なくし、笑い方もどこか幼くなっていく…

「蓮稀あれも食べたいー!あ、あっちのやつも素敵、はーやーくー持って来て!」

完全に酔っ払い、蓮稀に甘える雪美の姿を咲夜は少し離れた場所から目にしていた。


声を掛けることも近付くこともできないまま、胸の内に重たいものが沈んでいく。すれ違い続けている距離が今夜は殊更に残酷だった。

「はーずきー、あっちのもー」

結局、雪美の介抱を任されたのは蓮稀だった " 政条家の者として " という名目。

だが咲夜にはそれが別の意味を持って見えてしまう。


… 俺じゃない、また蓮稀か。

" 酔っ払いは手に負えない " そう言いながも蓮稀は優しい表情で雪美を構っていた。

ゆきは俺のなのに… だが自分はおすずに見張られている、この地獄にいるのは俺だけで良い。蓮稀を地獄に戻させない為にも… 唇を噛み締め、複雑な思いを抱えたまま視線を伏せた。


「面倒な事になったな… 」

蓮稀は小さく舌打ちする。

小柄で華奢な体は思いのほか軽い。どうして自分が酔っ払いを家まで送らねばならないのか。そう思いながらも雪美を放っておく選択肢はなかった。

この時代にしては珍しい、後部座席の椅子が向かい合わせの乗り物に雪美の体をそっと横たえる。