蓮稀は返事をせずそっと雪美の肩に額を寄せた。怒りとも悔しさともつかない感情が胸の奥で燻る。
「…雪美は無理に笑わなくていい」
低く押し殺した声で言う。
「俺が… 覚えてる」
雪美は一瞬だけ目を閉じゆっくりと息を吐いた。この小屋の闇だけが今夜の真実を知っている。
2人はそれを胸にしまい込み、何事もなかったかのように日常へ戻るしかなかった。
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数日後、政条家の次男が咲夜がついに縁談の歳を迎えた。
屋敷では祝いの宴が開かれ、表通りから裏路地まで人の気配とざわめきが満ちている。町の者たちも集まり、笑い声や酒の匂いが夜気に溶けていった。
雪美もその席に名を連ねていた。
同じ庭にいながら咲夜はひどく遠い。ほんの数歩の距離が越えられない川のように感じられる。視線を向ければ心が乱れるのも分かってる、雪美は顔を上げなかった。
祝いの席にはおすずの姿もあった。
咲夜の側にいるその気配を察した瞬間、雪美の胸はきゅっと縮んだ。
笑顔も声もすべてが賑やかな宴に溶けていくのに自分だけが取り残されたよう…
盃を持つ手がわずかに震える
「… 大丈夫か?」
あの夜を境に、蓮稀は護衛するかのように毎日雪美の側に居た。
雪美は結局その夜一度も咲夜を見ることが出来ず。近くて遠い… その距離をただ噛みしめるしかなかった。
" 早く帰りたい "
咲夜の隣は幼い頃からずっと私だけだったのに…
陽菜を始め、縁談歳を迎えた女達は縁談を結びたく咲夜に言い寄り楽しそうに笑っている… 鬱陶しそうな咲夜の表情、それでもその姿を見る事が辛かった。
昔のさくならきっと " 俺が嫁に貰うのはゆきだ!" そう言ってくれてたはず。

