雪美は首を横に振った。
「嫌… 蓮稀に触れられるのなら、こんな汚れた体じゃ嫌… 」
蓮稀は何も答えず立ち上がれば大きな盤に水を汲みに行き、何のためらいなく互いの頭上から水を浴びせる。その冷たさが空気を切り替えた。
「これで同じ、雪美は汚れてなどいない、綺麗だ」
その言葉に息を呑む雪美をそっと抱き寄せ蓮稀は羽織を外しそっと距離を詰める。
「だ、駄目… // 」
「ならば何故、俺の手を払わない」
視線は逸らさず、触れるか触れないかのところで何度も立ち止まる。理性と感情が同じ場所でせめぎ合っていたが、やがて雪美は目を閉じた。
(蓮稀は、ずるい…)
雪美の心には怖さもありつつ拒む力も蓮稀に委ねる覚悟も同時に胸にあった。
2人の間に流れるのは、言葉では埋められない沈黙と、非情に痛めつけられた雪美の体を癒す優しい蓮稀の体温だけだった。
外では波が静かに砕け… 夜は深く長くゆっくり朝へと向かっていた。
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「蓮稀… 今日の事は…」
言いかけた雪美の声は、漁師小屋の静けさに吸い込まれるように小さく、潮の湿り気が残る闇の中で2人はまだ離れきれずにいた。
「勿論、誰にも言わない」
蓮稀はそう言って雪美の背に回した腕にほんの少しだけ力を込める。腕の中の体がわずかに強張ったのが分かった。
「その傷はどうするつもりだ… 」
雪美は俯いたまま唇を噛む。蓮稀がかけてくれた羽織りの下は隠しきれない痛みが脈打っていた。
「また、川に落ちたことにする」
淡々とした声だったが、その奥に揺れるものを蓮稀は聞き逃さなかった。
「滑って流されかけたって… そう言えば皆、信じるでしょ?」

