好きだ。
その三文字が喉の奥で何度も形を成しかけては血の味と共に引き戻される。
雪美は優し過ぎる… 自分が手を伸ばせばそのまま身を預けてしまうだろう事を蓮稀は嫌というほど理解していた。だからこそ伸ばしてはいけないと何度も己に言い聞かせてきた。
-- お前は、咲夜と笑っている方がいい。
咲夜の隣にいる雪美は穏やかで、安心しきった顔をしていた。あの表情を奪う権利など自分にはない。そう思えば思うほど胸の奥がきしんだ。
(俺が欲しいのは、雪美の幸せだけ)
だが、その幸せの中に自分の存在が含まれていないことが、これほどまでに苦しいとは思わなかった。
触れれば壊してしまいそうで、離れれば失ってしまいそうで、どこにも行き場のない想いが胸を満たす。
言えない…
言ってしまえば雪美はきっと迷う。迷わせてしまう、それだけはどうしても出来なかった。
だから蓮稀は名を呼ぶ代わりにただ抱き締めた。言葉の代わりに想いのすべてを腕に込めて…
(幸せになれ雪美それが俺じゃなくても)
その願いは優しさであり同時に自分自身を縛る鎖でもあった。朝の光の中、蓮稀はもどかしさを胸に沈め続けていた。
雪美は蓮稀の胸に顔を埋めながら、息の仕方を忘れていた。強くもなくけれど拒むことも許されないほど近い距離。その曖昧さが胸を締めつける。
(どうして…今更… )
好きだった。
それは過去形ではなく今も続く痛みとして、確かにここにある。忘れようとした日も咲夜の名を思い浮かべて自分を納得させた夜も、蓮稀の影は消えなかった。
拒んだのは蓮稀だ。
昨夜のことを思い出し雪美は唇を噛む。触れられた瞬間、心が先に応えてしまった。

