ある日、転校生がやってきた。 1st days

……ついに、決戦の日の夜がやってきた。

世間は三ツ瀬組と高森組が抗争するという話でもちきりだ。

久雪街だけでなく、日本中で。

三ツ瀬組は久雪街、高森組は三澤地区に拠点を置く超有名かつ強大な勢力だ。

そりゃあ全国ニュースにもなるだろう。

これで三ツ瀬組が勝てば、三ツ瀬組は高森組のシマである三澤地区でも権力を握ることになる。

逆も然りだ。

だから注目の的、なんだけど。


「ねぇ、レイくん?」

「ん?」

「……こんなにする必要、あった?」

「ある。せっかくテレビが取材に来てんだから、しっかり果音が俺のだって知らしめておかないと」

「えぇ……」


なんで、こんなことに。

というのも、テレビが来ているのはその通りなんだけど。

私はなぜか、レイくんが用意してくれたらしい大人っぽいワンピースを着て、レイくんと腕を組んでいる。

レイくんはビシッとスーツを着ていて、そして前髪も上げていた。

正直めっちゃかっこいい。

このままパーティーに行ってもモテモテだろう。

実際には、これから抗争なんだけど。

抗争でスーツなのは、流石ヤクザだ。


……って、そうじゃなくて。

なんで私はこのワンピースを着て腕を組んでいるんだ……!?

レイくんと腕を組むのは、それ自体は、いつかやってみたいと思っていたけど!

テレビの前で!やるなんて!聞いてない!

ワンピースだって肩口が大きく開いた形のやつだし。

でもレイくんに褒めちぎられたんだよなあ……。

そうなると嫌だとも言えないし、嫌にはならないし。


後ろに構成員さんたちが控えているのでこの格好はバッチリ見られているはずだ。

内心恥ずかしすぎて目を伏せる。

あーもう、腕組んだりレイくんが選んでくれたワンピース着たりするのは嬉しいけど。嬉しいけど……!

ええい、女は度胸だ!思い切って胸を張ろう!

私はヤケになった。


……そして。


「よう、三ツ瀬」


多くの構成員を引き連れた、とある人物が姿を見せた瞬間、空気が張りつめる。

とてつもないほどの、殺気。

貴也くんのこんな低い声、聞いたことない。

今にも人を殺しそうな、鋭い眼差し。

レイくんと同じくスーツを着た貴也くんが、真っ直ぐレイくんを睨みつけた。

……でも。


「よう、高森」


レイくんは怯まずに返した。

流石と言うべきか、なんというか。

今までレイくんが積み上げてきたものの大きさを感じる。

きっといっぱいこんな殺気を浴びてきたのだろう。

彼は、ヤクザなのだ。

……かく言う私も、まあいろいろヤンチャしてたけど。


「果音」


貴也くんが私に視線を移した。

そして、ゆっくり手を差し伸べてくる。


「これが最後の忠告だ。―――戻って来い、果音」


彼の目が私を射抜く。

あの日みたいな目。

凍えそうな雰囲気と、押し潰してきそうな圧。

貴也くんが殺気を向けてきたのは多分、これが初めてだ。


「やだ」


私は、組んでいるレイくんの腕に縋るように近づいた。


「そっちには、行かない」

「……そうか」


貴也くんが、無造作に手を軽く挙げる。

その瞬間、後ろに控えていた構成員たちが、一斉に銃を構えた。


「女は傷つけるな。それ以外は殺して構わない」


そう指示する貴也くんに対し、レイくんはにやりと笑う。


「わかってるな?迅速にやれ。……抜かるなよ」


達成目標は殺害か捕縛か、悟らせない言い方。

あえてそういうふうに言ったレイくんに苛立ったのか、貴也くんは舌打ちをした。


「……始めろ」


合図すると、貴也くんの部下さんたちは一斉に銃を構えた。

……っ、そうか!

これは不良同士の喧嘩なんかじゃない。

ヤクザとヤクザの抗争なんだ。当然銃が出てくるわけで……!

とにかく、避けないと!

でも、このワンピース動きにくいんだけど!?

これじゃ何とかなるものもなんとかならない―――


と、慌てている間に、刹那。

バンバンバン!と。

レイくんや部下さんたちに向けられた銃口が、火を吹いた。


「っ!レイく―――って、あれ……?」


たしかに銃声は鳴った。

弾は確実に放たれたはずだ。

だけど、高森組の人たちが銃を構えても、レイくんとか三ツ瀬組のみんなは動こうとしてなかった。

そして、誰も傷ついていなければ弾痕すらどこにもない。

……弾は、どこへ?


「な……!?」

これには貴也くんもびっくりなようで、有り得ないというふうに眉をしかめる。

そりゃそうだ。どういうことか全くわからない。


「っくく……」


対して、レイくんは面白そうに笑を零した。

これ、レイくんの仕業なのかな?


「無様なものだな、高森。どうせ自分で銃は持たなかったんだろ?」

「……なにをした?三ツ瀬」

「嫌がらせだよ。俺の果音の元カレさんへの、な」

「てめぇ……!」


脱出作戦のときも思ったけど、ヤクザのときのレイくんの口調は、いつもより男の人っぽい。

ときどき見せてくれる、荒っぽい感じの。

レイくんが言うには、私の前では紳士でスマートな人でいたいから使ってないだけ、らしいんだけど。

私は、いつもの口調もこっちの口調も大好きだ。

そして、そんなレイくんは口調を変えずに続ける。


「果音を攫うときだって高森組は準備が終わっていなかった」


その通りだ。

だからこそ私はあの部屋から出られたし、貴也くんも準備の続きで余裕がなかっただろう。


「おかげで果音がいる施設にも、十分な護衛が集められず、結果1人丸腰で挑んだ俺にすら勝てずに果音を奪われた、そうだよな?」

「……何が言いたい?」

「高森組の本拠地がある三澤地区は遠い上に、ここは三ツ瀬組のいる久雪街だ。そう簡単に応援なんて来ない」


貴也くんが、ハッとしたような顔で部下の構成員たちを見る。

いや、正確には、彼らの手にある銃を。

その察しの良さは流石若頭と言うべきか。

私にはまだまったくわからない。

そんな私を愛おしそうな手つきで撫でながら、レイくんは嗤った。


「しっかりした銃弾が入った銃の重さがわかるほどの奴、お前しかいないだろ」


しっかりした銃弾……?

っていうか、レイくんとか貴也くんって銃の重さわかるんだね。

すごいな、流石ヤクザ。

で、しっかりした銃弾って言ったってことは。

貴也くんの構成員さんたちが持ってる銃の弾は違うの……?


「それは、100円ショップでも撃ってる音と煙しか出ない弾だ、高森。それを銃弾にカモフラージュしただけ」

「音と煙だけって、まさか!」


私たちは先日それを聞いたばかりだ。

そう―――運動会。

スタートの、ピストル。

たしかに、音と煙だけの銃弾、ある。


「三ツ瀬、お前……わざわざ、銃弾の配送のときに配達員に紛れてでもして、すり替えたのか」

「ご名答」


すり替えた……。

本物の銃弾と、偽物を?

これだけの人数分の銃弾だ、量は結構多いはず。

なのに、それをバレずに?


「俺が配送前に銃弾を自ら確認するのもわかってたのか?」

「ああ、もちろん。それを利用したからな」


貴也くん、仕入れ前の銃弾の点検なんてしてるんだね。そこはプロ意識というか、なんというか。

それで油断させてすり替えるっていうレイくんの手腕にも驚きだ。

……って、なんで冷静に分析してるんだろ、私。

普通なら慌てたり頭整理できなかったりするところなのに。

そこはやっぱり、レイくんのおかげなのだろうか。


「はあ……。ちっ、お見通しってわけかよ」


貴也くんは、構成員さんたちに銃を下ろさせると、レイくんの前に歩み出た。

レイくんが私に目配せする。レイくんの腕に僅かな力が入ったのを悟り、私はレイくんの意図を察した。

……レイくん、喧嘩する気だ。

私はゆっくりレイくんから離れる。

そして対峙したレイくんを見つめて、貴也くんが、笑った。

とっても楽しそうに。


「しゃーねえ。お望み通り、素手で相手してやるよ」


おい、と貴也くんが構成員さんたちに声をかける。

すると構成員さんたちは手首を回し始めた。

……みんな、戦う気だ。

テレビの人はと言うと、遠い場所から私たちを映し続けている。

が、何やらとってもびっくりしたような形相で話しているので、いきなり喧嘩しようとするみんなを見て驚いたのだろう。

うん、まあ、そういう反応になるよね。

遠いところには私たちの声なんか聞こえないんだから。

実況しようにも、視覚から得られる範囲でしかできない。


「じゃあ―――始めるか」


周りいっぱいで聞こえる殴り合いの音。

ヤクザとヤクザの、本気の喧嘩。

その中で、レイくんと貴也くんは、周りとは格が違うとすぐわかる、ピリピリした雰囲気で向き合っている。

……レイくんに勝って欲しい、けど。

やっぱり、私は貴也くんに死んで欲しいとは思えない。

貴也くんは奏とお父さんを殺した。

それは許されない。けど。


『このまま雨が続けば―――まだいられるじゃん、一緒に』

『うわー、キザだ。ここにキザ女がいる』

『誰がキザで厨二病で馬鹿で不良よ、失礼ね』

『キザしか言ってねーよ!てかどれも合ってんじゃん!ってちょ、ギブギブ、プロレス技とかお前の女子らしからぬ怪力で骨折れるって』

『やだー、折ってほしいなら早く言ってよ。いつでもやってあげるのに』

『遠慮しとく!!!』


貴也くんたちと過ごした時間が幸せだったのは、嘘じゃない。

だから、綺麗事だとしても、私は願いたい。


どうか、誰も死なずに済むように―――と。