ある日、転校生がやってきた。 1st days




元々私が住んでいたのは、久雪街と同じくらい治安が悪いので有名な遠くの街、三澤地区。

そこで、私は昔から「幼なじみ」の3人といつも一緒に遊んでいた。

最初はそれだけ。仲のいい子供たち。

だけど、住民はその街に沿った形に変わっていくものだ。

私たち4人は、喧嘩をふっかけられて戦うのを繰り返し、―――決して自分たちからはやっていない―――そして、やがて「不良」になった。

といっても、タバコ吸ったりお酒飲んだり授業をサボったりはしていない。

ただ、治安が悪いから喧嘩に強くなった。

妥当な形に収まっただけだった。

私の髪だって染めたわけじゃない。元々プラチナブロンドなのだ。


―――でも。


私たちは、「不良」。

仲間となった私たちに、小学五年生の頃、新たな仲間が加わった。

高森 貴也。

………高森組の、息子。

私たちなら彼を受け入れてくれるだろうと、とある知り合いに私たちの噂を教えられたらしい。

私たちは、彼を受け入れた。

貴也くんは仲間になったのだ。

貴也くんは元からとっても強かった。

そりゃそうだ。彼はヤクザなんだから。

そうして、貴也くんたちと中学一年生になった、4年前。

それは、起きた。


『果音、好きだ。付き合ってくれ』


貴也くんに、告白された。

それが、夏休み直前の終業式のこと。

私は別に、貴也くんが好きだったわけじゃなかったけど。


『どうしても頼む。試しにでもいいから』


…断れなかった。

思えばこれがいけなかったのかもしれない。

いや、このときに断っても同じだったかもしれない。

私に、選択肢なんか残されていなかったんだ。


『果音、好きだ。こっちにおいで』


私は、貴也くんからのお願いを了承した。

そう、私たちは付き合った。

貴也くんは、付き合っている間とっても優しかった。

だけどどこか怖かった。私を監禁する勢いだったし。

実際今回誘拐されたんだけど。

そして、付き合って2週間。

その日、私は「仲間」であり「幼なじみ」の由利と夜に出かけていた。

そのとき、由利が見つけたのだ。


『ねえ、あれ…貴也じゃない?』

『え?』


貴也くんが、知らない女性とキスをして、建物に入っていくのを。

その建物は、未成年は入れないはずの大人のホテル。

―――貴也くんは、浮気をしていた。


『別れよう、貴也くん』


私は貴也くんに別れを突きつけた。

当然の反応だったと思う。

好きなわけじゃないのに、浮気されるなんて。

そっちがそうなら、もう必要ない。

そう思って。


『ごめん』

『許して』

『復縁しよう』


そう言ってきたけど、私は応じなかった。

だって、そうだ。

応じるなんて有り得ない。

…そう、思ってた。


―――別れて4日目の夜。

1歳下の妹の奏が、帰ってこない。

仕事に行ったお父さんも、帰ってこない。

どうしたんだろう、と。

漠然とした嫌な予感が胸を渦巻く。

2人は事故に遭ったりしてないかな?と。

そのとき。

ピコン、と誰かからメッセージが届いた。

奏かお父さんだろうか?

そう思ってメッセージアプリを開く。

でも。

メッセージは貴也くんから。

内容は―――


『……っ!』

『果音?どうかし…―――っ!!』

『ち、ちょっと行ってくる!お母さんはここにいて!』

『果音!!』


内容は。


『復縁しよう?』


そんな言葉とともに送られてきた、血まみれの奏とお父さんの姿。

貴也くんからの、脅しだった。




『奏!お父さん!!』


写真の場所に行ってみれば、そこに3人はいた。

貴也くんが立っていて、その後ろに倒れる2人。

2人はまだ生きていた。

でも血が多く流れていて、今にも事切れてしまいそうだった。


『貴也くん、なんてことを!』

『果音のせいだぞ』


貴也くんの目は虚ろだった。

元々監禁とかいろいろしそうな危ないラインだったから、別れ話で狂気に染まったのだろう。


『果音が、俺と別れるなんて言うから、この2人は死ぬんだ』

『やめて!お願い、これ以上…!』


願うも、貴也くんは何も言わない。

膝から崩れ落ちた私に声をかけたのは、彼ではなく。


『お、姉……ちゃ…………っ、ごほ……!!』

『か……の、ん……っ!』


奏と、お父さん。


『…邪魔だな、こいつら』

『……っ!!』


何も言えなかった。

ただ首を振ることしかできなかった。

やめてと、叫ぶだけだった。

私は、そこから動けなかった。


『おい』


貴也くんは、近くに控えていた部下らしき人に声をかけた。


『適当な場所に連れて行って、殺せ』

『―――!やめて、やめてやめてやめて!お願い!やめて―――!!!』


手を2人に伸ばす。

当然届かない。

私と2人の間は4メートルは離れてて、その間には貴也くんがいたから。


そして私の嘆きは届かず、部下らしき人が2人を連れていく。


『待っ―――!』


急いで立ち上がり、追おうとする。

そうしないと、そうしないと…。

……でも、そんな動きは貴也くんに封じられた。


『離してっ!!』

『離さねぇよ。あの2人はお前のせいで死ぬんだ、果音』

『奏!お父さん!』


―――そのあとは、もうあまり覚えていない。

たしか、貴也くんに『明日までに覚悟を決めておけ。明日の朝に迎えに行く』と言われて。


『さもなくば、今度はお前の母を―――』


もう、誰も失いたくなかった。

誰も傷つかないで欲しかった。

だから、私はこの話をお母さんに伝え、さようならを…。


『だめよ、果音』


さようなら、しようと思ったのに。

お母さんは、止めた。


『久雪街に行きましょう』

『ひ、さゆき、まち…?』

『そう。あそこなら見つかりにくいし、数年は時間が稼げるはずよ』

『っでも!そしたら、お母さんが危ないよ!』


お母さんは今にも泣きそうな私の頬を手で挟んで、真面目な顔で言った。


『私は果音が好きでもない男のもとで一生暮らさなきゃいけないことのほうが嫌よ、死ぬよりも』

『……っ』

『久雪街はここと同じく裏社会の勢力が大きいから、高森組に相対することができる人もいるはず』


お母さんは、泣いていた。

死への恐怖か、街を離れる不安か、それとも私への心配か。

わからなかったけど、私も泣きそうだった。


『探すのよ、果音。私たちを助けてくれる、そんな人を―――……』


その日の夜。

私は、「仲間」のみんなと縁を切ることを伝えた。

久雪街に行くと、決心して。


『なんでだよ!果音は悪くねぇだろ!』

『行かないで!行かないで、のんちゃん―――!』

『…ごめんね』


私は、そう。1人で背負うことしか知らなかった。

だから、みんなが傷つかないように縁を切り、三澤地区をその日のうちに去った。

みんなに、助けは求めなかったのだ。


そうして、私は中学一年生の頃、この久雪街に来て、久雪街の中学校に転校してきた。

私はもとは地元の人じゃない。

レイくんと同じ、転校生だった。

だけど、私はレイくんとは違う。

誰も助けられなかった。

何も出来なかった。

レイくんみたいな優しさは、ない。


「優しいよ、果音は」


レイくんの声が、私の耳に響いた。


「俺よりも、ずっと」

「っ、やさしくない、だって…!」


レイくんは、涙でぐずぐずの私をあやすように、背中を撫でてくれた。

ほら、優しい。

そういうところだ。


「優しいよ。果音は俺を受け入れてくれた」

「……」

「果音、最初は俺がヤクザって知らなかったんだろ?気づいたのはたぶん、誘拐の前後だと思うんだけど」

「な、なぜそれを」

「…だから、優しい。ピリピリしてた俺に構ってくれただろ。誰もが怖がって、近づいてこなかった俺に」

「それは」


だって、関係ない。

ピリピリしていようがなんだろうが、レイくんはレイくんだから。

それに、なんとなく怖くなかった。

冷たい瞳をしている、ただそれだけ。

まあ、それも途中からなくなったんだけど…。


「任せて、果音」

「え?」

「果音は、俺を一人の人として見てくれた。冷たい目をしていても平等に接してくれた。俺を好きになってくれた」


レイくんは、確かな決意を瞳に宿して、私の手を握った。

カフェオレとコーヒーは冷めてしまった。

だけどその瞳は熱い。転校してきたときとは大違いだ。


「そんな果音に俺ができることがあるのなら、俺は喜んで果音の力になる」

「レイくん…」

「だから、任せて、果音。必ず高森に勝つ。俺の果音を、絶対にあの男に渡したりはしない」


そう言って、レイくんは私をぎゅっと抱きしめた。

レイくんの、安心する匂いに包まれて、私の涙腺はもう限界。


「泣け、果音」


ほんとにもう、レイくんには敵わない。

私の涙は止まらなかった。

止めなくていいと、言ってくれた。

ごめんね。ごめんね、奏、お父さん。

私は何も出来なかった。

でもね、2人とも。

私は、不幸の中で、レイくんに会えた。

陽向っちや慎吾くんっていう友達もできた。

それを幸せに思ってしまうのは、罪だろうか。

いけないことだろうか。

そう思っても、もう止められない。

レイくんに、出会えてよかった。

私は心の奥底からそう思いながら、レイくんの胸に、悲しみを吐き出し続けた。